スマートフォン用の表示で見る

サガン鳥栖

スポーツ

サガン鳥栖

さがんとす

日本プロサッカーリーグJリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。トップチームはJ1リーグに所属。

概要

1997年、前身の鳥栖フューチャーズ解散に伴い、その受け皿としてクラブが発足。1999年にJリーグ加盟。

人事問題や行政との関係悪化など様々な問題を抱え、2003年頃から再び経営危機に。クラブの存続も危ぶまれていたが、2005年、株式会社サガン・ドリームスへの経営譲渡が決定。クラブの解散は免れた。

2011年Jリーグ ディビジョン2J2リーグ)を2位でシーズンを終え、初のJリーグ ディビジョン1J1リーグ)昇格を果たした。鳥栖のJ1昇格でJ2オリジナル10のクラブは全てJ1昇格を経験したことになる。

サポーターは「サガンティーノ」と呼ばれる。

チーム名の由来

サガン」とは「砂岩」を意味し、砂粒が長い年月をかけて固まり砂岩となるように、一人ひとりの小さな力を結集し立ち向かうことを表す。また、本拠地「佐賀の」という意味にも通じる。イタリアの「ユベントス」に似せた、というエピソードもある。

クラブ情報

チーム名・呼称サガン鳥栖
英字表記Sagan Tosu
運営法人株式会社サガン・ドリームス
所属リーグJリーグ - J1リーグ
クラブライセンスJ1クラブライセンス
ホームタウン佐賀県鳥栖市
ホームスタジアムベストアメニティスタジアム鳥栖スタジアム
練習グラウンド鳥栖市北部グラウンド
鳥栖市陸上競技場
クラブカラーブルー、ピンク
クラブマスコットウィントス

歴史

Jリーグでの成績

  • 1999年 J2 8位(12勝2分22敗)
  • 2000年 J2 6位(15勝5分20敗)
  • 2001年 J2 10位(10勝4分30敗)
  • 2002年 J2 9位(9勝14分21敗)
  • 2003年 J2 12位(3勝11分30敗)
  • 2004年 J2 11位(8勝11分25敗)
  • 2005年 J2 8位(14勝10分20敗)
  • 2006年 J2 4位(22勝13分13敗)
  • 2007年 J2 8位(21勝9分18敗)
  • 2008年 J2 6位(19勝7分16敗)
  • 2009年 J2 5位(25勝13分13敗)
  • 2010年 J2 9位(13勝12分11敗)
  • 2011年 J2 2位(19勝12分7敗)
  • 2012年 J1 5位(15勝8分11敗)
  • 2013年 J1 12位(13勝7分14敗)
  • 2014年 J1 5位(19勝3分12敗)

2015年度シーズン選手

GK
1 赤星拓 | 12 奥田達朗? | 21 藤嶋栄介? | 33 林彰洋
DF
3 磯崎敬太 | 4 小林久晃 | 5 キム・ミンヒョク | 15 丹羽竜平 | 23 吉田豊 | 27 笹原脩平?
MF
6 岡本知剛 | 8 水沼宏太 | 9 白星東 | 10 金民友 | 14 藤田直之 | 16 崔誠根 | 18 清武功暉 | 20 菅沼実 | 24 鎌田大地? | 25 早坂良太 | 28 高橋義希 | 29 谷口博之 | 30 福田晃斗? | 36 菊地直哉
FW
11 豊田陽平 | 19 山崎凌吾? | 22 池田圭 | 26 平秀斗? | 31 田村亮介?

歴代監督

過去の主な所属選手

GK
高嵜理貴(1997-2000) | シュナイダー潤之介(2001-2006) | 室拓哉(2008-2013)
DF
川前力也(1998-2003) | 高地系治(2005-2009) | 飯尾和也(2005-2010) | 日高拓磨(2006-2010) | 木谷公亮(2010-2013) | 呂成海(2010-2014) | 坂井達弥(2012-2014) | 安田理大(2014)
MF
北内耕成(1997-2002) | 矢部次郎(2000-2004) | 尹晶煥(2006-2007) | 衛藤裕(2006-2010)
FW
森田浩史(2001-2002) | ダビド・ビスコンティ(2002) | 新居辰基(2005-2006,2011) | 藤田祥史(2006-2008) | 廣瀬浩二(2006-2009) | ハーフナー・マイク(2009) | 野田隆之介(2011-2013)

永久欠番

17
坂田道孝(当時佐賀大学教授・佐賀サッカー協会理事長)
1994年、静岡県浜松市にあったPJMフューチャーズ佐賀県鳥栖市に誘致し、鳥栖フューチャーズを発足させ、フューチャーズ消滅後もチームを復活させた鳥栖最大の功労者。1999年1月7日逝去。17番は命日の1月7日より。2005年1月30日、Jリーグ初の永久欠番となった。また、「17人目のベンチメンバー」としてサポーターズナンバーの意味合いも持つ(当時のベンチ入りメンバーは16名だったが、現在は18名となっている)