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サヴォナローラ

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サヴォナローラ

さぼなろーら

ジローラモサヴォナローラ(Girolamo Savonarola)

(1452.9.21〜1498.5.23)

イタリア宗教改革者。ミラノ東部フェラーラに出生。もともと医学を学んでいたが、22歳の時宗教者を志し、ボローニアのドミニコ修道院に入る(失恋がもとだと言われている)。

数年間、各地を回ったが、1490年フィレンツェにて貧富の差がもたらす社会的不公正を攻撃し、宗教や風俗の乱れのためフィレンツェの滅亡が近いことを予言した。

1492年に、ロレンツィオ・デ・メディチが死亡し、1494年にフランス王シャルル8世(1470〜1498)が同市を占拠したことによって、サヴォナローラの予言が正しかったと信じられるようになった。

民衆の支持によってサヴォナローラは市の指導者になり、共和主義的憲法を制定し、市民に厳しい禁欲生活を強いる神権・独裁政治を行うようになった。

虚飾の品物と思われる裸体の彫刻や絵画将棋盤、鏡、異端の書物を市庁舎前の広場に積み上げて焼き払った1497年の「虚栄の焼却」は彼の政治の象徴とも言える。

ローマ教会の権威に反抗し、教皇アレクサンドル6世と不和となり1497年に破門され、さらにメディチ家の策略によって失脚。

1498年5月23日、焚刑に処せられた。