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ジーン・リース

読書

ジーン・リース

じいんりいす

Jean Rhys (1894-1979) イギリスの作家。英領ドミニカ島生。有名なドミニカ共和国ではなく、西インド諸島の一部で南米ベネズエラに近い小さな島である。

父親はアイルランド出身の医師、母親は現地のクレオールだった。裕福な白人家庭の子女として南国の自然に育まれた。

18歳の時に英国に渡ってケンブリッジ女学校に入ったが、スノッブ英国白人社会に馴染めず演劇学校に転校する。父の死を機に退学してドサ回りの劇団に入り、コーラス・ガールとして英国各地を転々とする。これが、長年にわたる放浪生活の始まりとなる。以後、映画のエキストラ、レストランのウェイトレスなど職も転々とするようになる。

妊娠中絶などの憂き目にあい、1919年(29歳)でオランダ人のジャーナリスト、ジーン・ラングレットと結婚。ヨーロッパ大陸に渡ってウィーンブダペスト、パリなどをまた転々とした。が、ラングレットはスパイだったらしく、本国へ送還されてしまう。彼女は夫の書いたものを翻訳したりして生計を立てていたが、このときパリに来て文学活動をしていた英国の作家・編集者フォード・マドックス・フォードと出会い、愛人関係を結ぶ。フォードの序文つきで処女短編集『左岸』を刊行(1927年)それから32年までさらに四点の作品を出版し、まずまずの好評を得ていたが、戦争とともに忘れられた作家となる。

1957年BBCが彼女の作品をラジオドラマ化しようとしてその消息を追い、犯罪者まがいのいかがわしい男たちとの二度に渡る結婚生活に失敗し、放浪生活に入って生死さえ危ぶまれていた彼女を発見した。その時点で既にリースは作品を書きためており、66年に長篇『サルガッソーの広い海』を発表、二つの文学賞を獲得するなどの栄誉を受けた。しかし、そのときの彼女の感想は「遅すぎた」であった。殺到するマスコミに対応するには彼女の生活は荒れすぎており、世間を拒絶しやがて孤独の中で荒廃した人生の幕を閉じる。