ジム・トレーシー

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ジム・トレーシー

じむとれーしー

James Edwin Tracy

MLB選手・監督。プロ野球横浜大洋ホエールズの選手。

右投右打、ポジションは内野手背番号は20→12番。


1977年ドラフトで4巡目でシカゴ・カブスに指名。

1980年、メジャー昇格。


1983年、来日し横浜大洋ホエールズに入団。打率.303、19本塁打と余りある活躍を見せ、チームも久々のAクラス入りとなる3位。

更なる日本野球への順応が期待された。

1984年キャンプ序盤からハードトレーニングを強いられて足を故障。

開幕直後、4月14日のヤクルトスワローズ戦での緩慢プレーをきっかけに、起用法を巡って関根潤三監督との確執が表面化した。

そのままチームを離れ、その後も遠征帯同を拒否。

球団に対して退団をちら付かせながら「関根監督を解任すればチームに戻る」と無理問答を投げかける事態に。

レオン・リー牛込惟浩*1らの説得も空しく、結局そのまま退団した。

同年、現役引退

かつてヤマハのスクーター「トレーシー」のCMにも出演した。


1985年より、マイナーリーグでの指導者となる。


1999年より、ロサンゼルス・ドジャースベンチコーチを務める。


2001年、デーブ・ジョンソンの後を受け、ロサンゼルス・ドジャースの監督に就任。

2004年、チームを地区優勝に導いたが、2005年は4位に低迷し解任される。


2006年、ピッツバーグ・パイレーツの監督に就任。

*1:のち大洋横浜渉外担当、国際業務担当顧問。