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ジョン・ピアポント・モルガン

社会

ジョン・ピアポント・モルガン

じょんぴあぽんともるがん

John Pierpont Morgan(1837年4月17日 - 1913年3月31日)

JPモルガンの創始者。父ジューニアス、息子のジャックの三代でモルガン財閥を築き上げた。アメリカを代表する銀行家であり、膨大な芸術作品のコレクターとしても有名。またジングルベルの作曲者ジェームズ・ピアポント・モルガンは叔父に当たる。

1626年モルガン家はイギリスウェールズからアメリカ移民、現在のマサチューセッツ州スプリングフィールドに入植した。農業は成功し、徐々に地主として資産を蓄積した。

1817 年には子孫の一人、ジョセフ・モルガンが代々相続してきた土地を売却してコネチカット州 ハートフォードに転居した。ジョセフは数々の事業を興し、ハートフォード・アンド・ニューヘイブン鉄道(のちのニューヨーク・ニューヘイブン・アンド・ハートフォード鉄道設立時に出資している。

1854年、ジョセフの息子ジューニアスがロンドンで活動するアメリカ人銀行家、ジョージ・ピーボディのパートナーとなり、ピーボディ・モルガン・アンド・カンパニー設立。のち、1864 年にピーボディの事業を完全に譲渡され、会社名をジューニアス・スペンサーモルガン・アンド・カンパニーJSモルガン商会)と改称した。

1857年、父のJSモルガン商会に入社したジョンは渡米して1860年ニューヨークJPモルガンカンパニー設立、続いて1864年にはチャールズ・ダブニーとダブニー・モルガンカンパニー設立JSモルガン商会のニューヨークでの代理店として事業を拡大させた。

1871年、フィラデルフィアの銀行家であるアンソニー・J・ドレクセルと提携し、ドレクセル・モルガンカンパニー設立した。ドレクセルが1893年に死去した後、1895年JPモルガンカンパニーとなり、これが現在のJPモルガン・チェースへとつながっている。