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スパンクハッピー

音楽

スパンクハッピー

すぱんくはっぴー

1994年、菊地成孔が、原ミドリ河野伸と共に結成。作詞は、ほぼ全て菊地が担当し、

作曲はメンバー全員による分担制だった。ライブや楽曲の録音のさいには、菊地まわりの

名うてのジャズミュージシャンが集まり、刺激的な演奏を披露し、一部に強い人気を集めたが、

作品はあまり売れなかった。1998年の菊地の入院によって実質的に活動が停止した。



1999年、菊地成孔が、家電メーカーに勤める岩澤瞳をオーディションで抜擢し、

気だるく退廃的なイメージと甘美なメロディーを全面に打ち出したハウス風ポップスで、次第に局地的な人気を集めた。

2001年3月という、まだなにひとつ音源がリリースされていない時点で、雑誌「クイックジャパン」が大々的に特集を組み、

アングラ/マイナーなイメージが定着。2枚のマキシシングルを発表の後、2002年には、アルバム「Computer House of Mode」を

キングレコードから発表し、余り知られることなくメジャーデビューを飾った。

アマチュアイズム溢れるパフォーマンスで活動中だったが、2004年4月5日を以って岩澤瞳が脱退。

(右、画像)

上記スパンクスの岩澤瞳脱退後、2004年6月20日、東京日仏学院において、新メンバードミニク(上海在住)が加入し

初のパフォーマンスを披露したが、その後、ドミニク側のスパンクハッピーへの参加の意思が失われ、

リーダーの菊地が臨時の女性を随時雇って、2006年6月頃まで活動していた。


2006年10月20日開催のスパークス渋谷公演にて、スパンクハッピー野宮真貴を迎えて演奏した。

菊地成孔はその後、野宮真貴の音楽活動にかかわり、2008年4月開催のリサイタル「エレガンス中毒」では

「フォーエヴァー・モーツァルト」などスパンクハッピーの楽曲が使用された。