ソフト・スターリニズム

社会

ソフト・スターリニズム

そふとすたーりにずむ

(前略)もう半世紀もまえに出現した思想的な光景の記憶、スターリン主義リベラリズムを味方に誑し込んで、じぶんの双生児である社会ファシズムを曲がりなりにも打ち倒した懐かしい思い出の場所である。(後略)「反核」異論 (1983年) 9p マス・イメージ論 マス・イメージ論 (福武文庫)

72年のニクソン訪中以降のデタント・米中提携の国際情勢を背景に、

べ平連?の思想が社会党左派日本共産党などの国会に勢力を持つ「既成左翼

そして「朝日・岩波」と称される商業「にせサヨク*1ジャーナリズムの主張として採用され

自民党コーポラティズム?の下での下位公定イデオロギーとなった。

その後中越戦争やクメール・ルージュソ連アフガン侵攻ポーランドの「連帯」等

更なる国際情勢の変転を受け思想としての影響力は概ね80年前後に衰えた(80年安保)が

媒体掌握や人脈といった権力構造としては80年代を通じて緩やかに解体しつつも

*290年代そして現在に至っても形骸「だけ」*3は残っているため

右派ヘゲモニーを握り維持するための格好の標的となっている。

*1:つまり日共用語ではない言葉本来の意味での「ニセ左翼」。全共闘華やかりし頃朝日新聞等は「ブル新」、つまりブルジョアの新聞と正しく呼ばれていた事を思い出そう

*2外山恒一スターリニズムを「解放的なベクトルを持つ運動が、後退局面に入った時に必ず現れる、もしくは陥りやすいある独特の心情や発想、運動論」と規定し「古い新しいなんてレベルでは絶対に語れない間題」なのだと述べた

*3仲正昌樹が「ポスト・モダン左旋回」という嘘を垂れ流している事を思い起こそう。事実は知的世界全般のポストモダン化=右旋回に対し差別化しようと「海外(フランス等)のポストモダン思想」を紹介してきた学者・知識人が「左旋回」しただけである