一般

テオドール・モノ

ておどるもの

以下は仏語ウィキの該当項目を訳したもの。

テオドール モノ Théodore Monod

テオドール アンドレ Théodore André Monod (ルーアン 1902年4月9日 - ヴェルサイユ 2000年11月22日) はフランス博物学者、探検家、碩学、ユマニスト。

経歴

父Wilfred Monodはパリのルーヴル教区の牧師を長期にわたって務め、ヴェルサイユの精神同胞会(la fraternité spirituelle des Veilleurs)を創立した。

テオドール モノはフランス国立ブラックアフリカ研究所の所長、国立博物館教授、海外科学アカデミー会員(1949年)、海洋アカデミー会員(1957年)、科学アカデミー会員(1963年)であった。

モーリタニアのキャップブランの灰色アザラシの研究からサハラ砂漠に興味を持ち、60年以上をサハラであるいはラクダを使い、あるいは徒歩で探検する。この期間中にモノはサハラの石器時代の遺跡を確認し、また植物の新種を発見する。

1948年にはオギュスト ピカール(Auguste Piccard)とともにダカール沖で最初の潜水艦FNRS IIをテストする。この時潜水艦は25メートルの深さに達する。

マリのエスク(Essouk)でモノはアスラル(Asselar)人の骨を発見する。年代は6000年前のものと推定され、その頭蓋骨はネグロイド系の特徴を明らかに示していた。セネガルではゴレやダカールのし市長だった研究者Armand-Pierre Angrandと共同研究を行う。

子供の頃から自然に興味を持ち、理系を終了、ついで海洋研究をした後、1922年に助手としてパリの博物館(Muséum d’histoire naturelle)に入所する。モーリタニアに研究旅行に行き、ここでサハラの魅力に取り付かれる。

1920 年代はアフリカで主に活動。1927年にはアルジェからトンブクトゥを通りダカールへ至る研究旅行の一員に選ばれる。この時に多数の植物、鉱物標本を採集し、この研究に数年を博物館で過ごす。1928年1929年にオルガ ピシュコヴァ(Olga Pickova)と結婚する。オルガはチェコ系のユダヤ人である。結婚後に兵役に召集されるが、自身が反戦平和主義者であったので、少々心配するも、サハラに配置されたのを有効に利用して研究を続行する。

1934年、謎の隕石を求めてシンゲッティ(Chinguetti)へ立つ。この時、当時まだ未知の土地だったタネズルフト(Tanezrouft)を探検する。1938年、家族とダカールに移住する。1939年ダカール徴兵されチャドへ赴く。ダカールに帰り1940年10月から1941年10月にかけて反ヴィシー政権、反ナチ人種差別運動をラジオ放送で行う。またレジスタンスとしてフランスリーブル(France libre)運動に参加、1944年にはドゴール将軍を迎える。一方フランスに残っていたモノの父は戦争中に死亡、また妻の家族全員がショアの犠牲者となる。

人並み優れた耐久力を持つモノは1950年から1960年にかけてサハラ砂漠を縦横に旅する。特にラクダを使わず徒歩でこれを行ったことは特記に値する。1954年にはモーリタニアからマリへと井戸なしの行程900キロメートルを踏破する。

この期間にモノは東洋学者でガンディの信奉者でもあるルイ マシニョン(Louis Massignon)、またマリ人作家アマドゥ アムパテ バ(Amadou Hampâté Bâ)と親交を結ぶ。

1960年代にはアルジェリア戦争に反対してデモに参加し、また核爆弾に反対して毎年8月の6日kら9日にわたりタヴェルニ(Taverny)の軍事基地前でハンガーストを行った。

1993年テレビでモノを主人公とする番組が放映され、突然話題の人となる。

1955年イエメンの探検に参加。1996年94歳の時サハラを最後に目にする。以後、モノは完全に視力を失う。

モノはエコロジー前のエコロジストだった。

モノからの引用

* « 砂漠について語ることは、まず、沈黙することではないか、砂漠のように?»

縁戚

生物学者、科学者のジャク モノ(1910-1976)、政治家ジェローム モノ(1930年生まれ)、映画監督ジャンリュク ゴダール1930年生まれ)とは親戚関係にある。

書誌:

* La Mort de la « Baleine rouge », Nouvelle historique (88 pages), 1929, éditée par Desclée de Brouwer en 2004.

* Méharées, exploration au vrai Sahara, Je sers, Paris 1937, rééd. Actes Sud, 1989.

* Livre des prières (tiers-ordre des veilleurs), Labor et Fides, Genève 1937.

* L’Hippopotame et le Philosophe, 1942, rééd. 1946 non censurée, rééd. Actes Sud, 1993 (texte de 1946).

* Bathyfolages, plongées profondes, Julliard, 1954, rééd. Actes Sud, 1991.

* Les Déserts, Horizons de France, Paris 1973.

* L’Émeraude des Garamantes, souvenirs d’un saharien, L’Harmattan, Paris 1984, rééd. Actes Sud, 2001.

* Et si l’aventure humaine devait échouer, 1991, rééd. Grasset 2000.

* Le Fer de Dieu. Histoire de la météorite de Chinguetti. avec Brigitte Zanda, Actes Sud, 1992.

* Ballade de mes heures africaines, Babel, Mazamet 1993.

* Désert libyque, Arthaud, 1994.

* Maxence au désert, Actes Sud, Arles, 1995.

* Majâbat Al-Koubrâ, Actes Sud, 1996.

* Le Chercheur d’absolu, Le Cherche Midi, 1997.

* Terre et Ciel, Babel, Entretiens avec Sylvain Estibal, Actes Sud, 1997.

* Les Carnets de Théodore Monod,rassemblés par Cyrille Monod, Le Pré aux Clercs, 1997.

* Paix à la petite souris, Desclée de Brouwer, 2001.

* Tais-toi et marche…, Journal d’exploration El Ghallaouya-Aratane-Chinguetti, Actes Sud, 2002.

* Dictionnaire humaniste et pacifiste, Essai, Le Cherche Midi, 2004.

伝記

* Théodore Monod, Isabelle Jarry, Plon, 1990.

* Monsieur Monod. Scientifique, voyageur et protestant, Nicole Vray, Actes Sud, 1994.

* Théodore Monod. Une vie de Saharien, Sylvain Estibal, Editions Vents de Sable, 1998.

* Théodore Monod. Aux portes du désert, "Je lis des histoires vraies" n°68, Fleurus Presse, 1998.

* Théodore Monod 1902-2000. La Géographie. Acta Geographica N°spécial 1504, mars 2002.

* Théodore Monod: Portraits Parlés, entretien et portraits par Ariane Laroux aux éditions de l'Age d'Homme (2006).