デ・ヘブドマディブス

一般

デ・ヘブドマディブス

でへぶどまでぃぶす

冒頭からいきなり奇妙なことを言うようで恐縮だが、「最後の古代ローマ人にして最初のスコラ学者」、という紹介の辞を賜ることも屡(しばしば)あるところのボエティウスによって書かれたとされるこの著作、即ち『デ・ヘブドマディブス』(稀に、「七部書」と邦訳した或る篤実なる研究者の存在が散見されえなくもない。)は、中世に於いて既に散逸したものと見做されうるものなのであって、この、既に、当然乍(なが)ら我々が、その内容について云々することの到底不可能となってしまったところの『デ・ヘブドマディブス』なる書を読んだ教会の或る司祭が、そのあまりの難解さの故にその著者に対して、自ずと彼自身の胸中の表面上に浮上して来た諸々の疑問点に対する回答を切望した書簡に対する応答のそれ(この書簡の題はあまりに長過ぎるということもあり、ここでそれを紹介するのは差し控えることにする。…したがって筆者は読者諸氏に「ググって呉れ!」と言う慣用句的一言をここに提示しうるが、しかしこの様な「マイナー」な情報は、今のところはまだ、紙媒体にしか存しない、のかもしれない。)が、後代に於いて誤って「デ・ヘブドマディブス」と偽称さるるに至った、という興味深い変転の事実が現存するのである*1

さて、一方、この書の内容であるが、その冒頭に、「存在そのもの」と「存在する者」との区分が説かれていることが先ず、現代人でもある我々の興味をよく引きうるところではある、と言えそうなものだが、これを以ってただに、あの、前世紀の「形而上学思惟」をその少なくとも一面に於いて代表しえたとも言いえてしまう、稀代の碩学たりえたマルティン・ハイデガーをして、その「存在忘却」を憂う口吻と共に、それについて高唱せしめるところとすらなりえたのであったのであるところの所謂(いわゆる)「存在論的差異」が、彼の大仰とも見られるのかも知れぬ憂慮に反してかかる古代末期という旧き時代に於いても既にして明示的、且つ意識的に現に、そして厳に、存した、とすることには、些か早計の誹りが加えられえなくも無いのではあろう*2が、またところで他方で、もっと穏やかにそれを、かかる「差異」の「前駆形態」である、と見做すことに対してもまた、それに対する口を極めた異論としての容喙さえが生ぜしめられるのではないか?というありうべき指摘は、著者のよくこれを是認するところでは、必ずしもないのである。

さてところでこの書には、幾つかの註解が、今から見ると旧い時代に既に成されて来たのであった。…それらのうちで邦訳で読めるものとしては、ギルベルトゥス・ポレタヌス( Gilbertus Porretanus; Gilbert de la Porree; Gilbertus Porreta 1080/85-1154 )、及び、トマス・アクィナスのそれらを我々は先ず以って挙示しるうのである。

*1:さて我々は、以上の「歴史的経緯」についてのより詳しい説明については、上智大学中世思想研究所及び平凡社の努力的尽力によって江湖に刊行せらるるに至った、一連の「中世思想原典集成」シリーズのトマス・アクィナスの巻に収載されている、山本耕平氏の、懇切にして要を得た「解説」を、是非とも参観することで以って、それについての認識を新たに――詳しく――することが出来るのである、と我々は断言しうるのである。

*2:この点については、熊野純彦氏によるこれも懇切なる、ニ分冊化された、哲学史の概説書たる、岩波新書という、よく知られた出版形態での出版物のうちの前冊であるところの『西洋哲学史――古代から中世へ』を、是非とも参照されたく強く想うのであって、と言うのも『デ・ヘブドマディブス』はおろか、まともにボエティウスを紹介しえた哲学概説書が、凡そ奇行稀覯本とすら言われうる現状に対する、熾烈なる「ノン!」を、本書は主張しえているかの如くなのであるから、である。