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デットマール・クラマー

スポーツ

デットマール・クラマー

でっとまーるくらまー

「日本サッカーの父」と呼ばれるサッカー指導者。

「デトマール・クラマー」という表記もあり。

1925年4月4日、生まれ。2015年9月17日、死去。

ドイツドルトムント出身。

第二次世界大戦では落下傘兵として従軍

戦後ボルシア・ドルトムントに入団したが、膝の故障により1951年引退。ドイツ西部地域協会の主任コーチとなる。

ドイツ代表のアシスタントコーチを経て、1960年に日本の東京オリンピックチーム強化のため来日。代表強化、指導者育成、ユース組織確立など日本サッカーの礎を築いた。

1968年メキシコオリンピックではアドバイザーとして銅メダルに導いた。世界選抜(対ブラジル代表)の監督も務める。

1969年千葉で開催された第1回FIFAコーチングスクールでは、スクールマスターをつとめる。その後もFIFA技術委員として世界各国を巡回指導。

1971年、勲三等瑞宝章を受章。

1975年バイエルン・ミュンヘンの監督に就任し、UEFAチャンピオンズカップで2回優勝。1976年には世界一に導いた。

1977年-1978年、アイントラハト・フランクフルト1982年-1985年バイヤー・レヴァークーゼン(82-85年)の監督。

1996年、日本サッカー協会75周年記念功労賞。

2005年、第1回日本サッカー殿堂入り。