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ドゥンガ

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ブラジルの元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィルダーボランチ)。

本名はCarlos Caetano Bledorn Verri(カルロス・カエターノ・ブレドルン・ヴェーリ)。「ドゥンガ”Dunga”」は通称で、「のろま」という意味。

1963年10月31日生まれ。ブラジル連邦共和国リオグランデドスル州出身。身長177cm、体重81kg。

経歴など

1980年SCインテルナシオナルブラジル)でプロとしてデビューした。

長短を使い分ける高精度のパスで攻撃を組み立て、フィジカルの強さと鋭い読みで攻守両面にわたって貢献できるボランチ。闘争心溢れるプレーでリーダーシップを発揮し、味方選手を試合中でも厳しく叱咤することから、闘将、鬼軍曹と呼ばれていた。

ブラジル代表としては、FIFAワールドカップに、1990年イタリア大会)、1994年(アメリカ大会)、1998年(フランス大会)の3回出場、1994年には主将としてセレソンを4回目のW杯優勝に導き「世界最高のボランチ」と称えられた。コパ・アメリカでも1989年大会と1997年大会で優勝した。

日本での経歴

1995年7月、ブンデスリーガVfBシュトゥットガルトよりJリーグジュビロ磐田に移籍。1998年12月まで所属した。在籍中の1997年ジュビロJリーグチャンピオンシップで初優勝を果たし、MVPも受賞した。

試合中もピッチ上でチームメイトを情け容赦なく怒鳴り飛ばすことで有名で、その貪欲に勝利を追求する姿勢によりチームに勝利へのメンタリティを叩き込んだ、と言われる。ジュビロJリーグで優勝を争うチームに成長したのも、彼の貢献が大だといわれる所以である。

1999年にジュビロ磐田のテクニカル・アドバイザーに就任。2004年はクラブ・アドバイザーを務めた。その傍ら、「市民能力開発のためのドゥンガ財団」*1の代表として、チャリティオークションや募金活動などを行っている。

指導者として

2006年7月、カルロス・アルベルト・パレイラの後任としてブラジル代表監督に就任。組織的な守備を重視した戦術を採用、2007年コパ・アメリカ、2009年FIFAコンフェデレーションズカップでは優勝したが、FIFAワールドカップ南米予選では一時は5位に低迷したことから、メディアから厳しい批判を受けた。2010年FIFAワールドカップ本大会では準々決勝でオランダに敗れ、大会終了後に解任された。後任はマノ・メネゼス

関連書

*1:原語は”Instituto Dunga de Desenvolvimento do Cidadao”。スポーツ教育を通じて、子供、青少年、家族、老人の社会活動促進のため活動する非営利市民団体

マンガ

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