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ネッド・ドヒニー

音楽

ネッド・ドヒニー

ねっどどひにー

Ned Doheny。ミュージシャン。1948年LA生まれ。

 

1973年に「Ned Doheny」でデビュー。彼がデビューした

アサイラム・レーベルは、当時のLAサウンドの主役を

張る人気者集団を形成していて、ジャクソン・ブラウン

リンダ・ロンシュタットイーグルスの面々などを抱え、

ドヒニーは彼等の作品の多くに参加し、専らソングライターと

しての評価を獲得している。

 

ソロアクトのハイライト1976年の「Hard Candy」(版元:CBS)。

いまなおAOR史屈指の傑作として語られる名盤だが、当の本人は

AORというジャンルへの括りは好まなかったという。おりしも

サンフランシスコからやってきた優男ボズ・スキャッグス

「Silk Degrees」で一世を風靡していた頃で、いわば

ソフト&メロウが手放しでもてはやされた時代。ドヒニーの

思惑とは乖離した、「ムーブメント」の中でこの作品は評価され、

言うなれば彼最大の魅力である甘く暖かなヴォーカルが、

そうした時代の嗜好に即し、彼には仇となったのかも知れない。

  

マーケットの反応・レコード会社の視座・評論家方面の勝手な

言い分、それらに歯痒さを感じながらもドヒニーは新作

「PRONE」を完成させる。しかし、この作品は結局リリースに

至らなかった(日本のみ1979年発売)。その真相はいまだ

明らかではないが、結果として彼にソロアクトとしての

キャリアを諦めさせるには十分な出来事であった。再び

ライターとしての生活に戻った彼は、アヴェレイジ・ホワイト・

バンド(AWB)への提供を中心に活動していく。その中にはチャカ・

カーンでおなじみ、その後多くのアーティストによってリユース

されている名曲「Whatcha' Gonna Do For Me?」もあった。

  

AORという括りに翻弄されたドヒニーであったが、彼に再び

チャンスを与えたのもまた、他でもないAORであった。

1988年、「Life After Romance」で復活することが

できたのは、彼の活動を紹介する新しいパートナーとして

日本のポリスターレコードが手を挙げたからだ。

AORというムーブメントはとうに過去のものとされていたが、

ここ日本ではそのニーズが果てることはなく、そうした声が

後押しし、彼やボズ・スキャッグスボビー・コールドウェルらに

新しいキャリアをもたらす力となったのである。

最近では東京事変のアルバムで、椎名林檎がカバーしている。

  

ポリスターでは1995年の「ベスト・コレクション」までに

4枚のアルバムを発表。その後音源のリリースはないが、現在も

マイペースで活動を続けている模様。