ノーラン・ライアン

スポーツ

ノーラン・ライアン

のーらんらいあん

Lynn Nolan Ryan, Jr.

70〜80年代のMLB選手。

ポジションは投手

100マイル(約160キロ)を超える速球が武器。

1947年1月31日生まれ。テキサス州レフュージオに生まれるが、生後6週間で一家がヒューストン郊外のアルヴィンに移った。

1965年ドラフト10巡目でニューヨーク・メッツ入団。1968年メジャー昇格。翌年ワールドシリーズ制覇に貢献。

1971年オフ、カリフォルニアエンゼルス(現ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)にトレード。ア・リーグ指名打者制になった1973年には年間383奪三振を記録し、サンディー・コーファックス記録を破る。また、ノーヒットノーランを2度達成し、3年連続ノーヒットノーランを記録し再びコーファックスに並ぶ。

1979年には、フリーエージェントヒューストン・アストロズへ移籍。4年450万ドルの契約し、史上初の単年あたり100万ドルプレーヤーとなった。1981年9月26日、5度目のノーヒットノーランを達成し、コーファックスの記録を破った。この年には防御率1.69でタイトルも獲得。

1983年4月27日にウォルター・ジョンソン?の通算3509奪三振を抜き、新記録となる。

1988年オフ、テキサス・レンジャーズに移籍し、1989年には16勝と301奪三振を記録。8月22日の対オークランド・アスレチックス戦でリッキー・ヘンダーソンから三振を奪い、史上初の通算5000奪三振を達成。また翌1990年には通算300勝も達成。1990年に6度目、1991年には7度目のノーヒット・ノーランを達成、1993年現役引退。奪三振5714、ノーヒットノーラン7回、40完封、156完投を記録。

1992年にはエンゼルスでの背番号30番を、1996年にはアストロズレンジャーズでの背番号34番を、それぞれ永久欠番に指定された。

1999年、資格取得1年目にして野球殿堂入り。

アストロズ特別アドバイザーを経て、2012年現在レンジャーズ球団社長として活躍中。


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