ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ

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ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ

はいんりっひこるねりうすあぐりっ

*1●本名は「ハインリヒ・コルネリウス」。Heinrich Cornelius Agrippa。自称が「アグリッパ・フォン・ネッテスハイム」。通り名としては他に「コルネリウスアグリッパ」がある。 ★ローマ帝国初代皇帝であるアウグストゥスの腹心にも、B.C.63〜B.C.12年の「マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ」が居るが、「別のキーワード」に従って頂きたい。

●1486〜1535年。ドイツオカルト神学者魔術師、そして思想家。只管真理を追求し、流浪の多い人生を送った。

ケルン生まれ。で、ケルン大学で学んだ後、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世とサボイア家に仕え、ドーレ大学・パビア大学では哲学を教授する。

●しかし新プラトン主義にぞっこん参ってしまい、これがために異端者として告発され、1506年フランス亡命。(この際、まるでチャーリー・カウフマン脚本&ジョージ・クルーニー初監督作品の『コンフェッション』の実在モデル;「チャック・バリス」のように、密偵を命じられていたらしい。表の顔は「大学教授」だけれども…と。)

●しかしこの際、両つの本分を忘れ、パリ大学にに於いて、多くのオカルティストや知識人連中と交流した。その中で、キリスト教を生んだ親の宗教であるユダヤ教への関心を深め、次第に原理主義化〈原義〉していき、カバラを研究し、ついに幻の名著;『オカルト哲学』を執筆。

聖書の解釈も、経験則に当て嵌めて、“骨肉化”しなければ空疎なサン・セリフだと考えて、従来式の師弟継承の筋道立ったノウハウ豊富な解釈学などではなく、「自由検証」すべきだ!と訴えた所、当時の社会に巣食っていた旧来式のフランチェスコ修道会の反感を買い、町から追い出されてしまった。

●それによってロンドンへ向かったアグリッパは、一度しっかり纏めてみようと懸案していた『ロマ書』の註釈を執筆。続いてケルンへ戻り神学を講義。

●しかしここでもトラブッて、ロンバルティアへ。7年間滞在し、ここで対フランス軍陣営で戦闘に参加し、所持品から原稿から喪っている。

●1518年にはメッツへ向かい、魔女裁判で訴えられていた農奴の娘を弁護さえしている。無罪・勝訴。田舎の審問官が教養の高い筈もなく、あっさり論破してやり込めてしまったのが祟った。審問官の属するドミニコ修道会が、アグリッパとその家族をメッツから追い出してしまった。

●1523年にアグリッパはフライブルグへ行って名医の評判を得、1524年にはフランソワ1世の母の侍医&占星術師に任命されて、リヨンへ向かう。

●この頃、黒い犬の姿をした魔法使いが常に付き従っていたし、また、アグリッパ家に寄宿の学生が書架の魔術書に戯れて死んでしまった際には、帰宅して状況を把握したアグリッパは悪魔を再び呼び出して街中で倒れるよう図らった。有らぬ殺人容疑の懸からぬようにである。尚、行き場のない放浪せるユダヤ人の為に、その恋人の容姿を「魔法の水鏡」に映してやったり、も、している。他、2人の妻に先立たれて、都合3回の結婚を果たした。

  ――このように魔術師と呼ばれる人たちには“変人”が多い。パラケルススジョン・ディーキルヒャー、プラヴァツキー、メイザースクロウリー、……と誰も至って頑固で・妥協を知らず、問題を起こしては放浪する精細に富んだ人生で、彼らの伝記を介間みただけで誰しもスリリングな感激を覚え、もっと探ってみたり・ドラマ化を計画わずには居られない。いや、何も魔術師に限らず、古くは一緒のことであった科学者にしても哲学者にしても文人でさえ(;例えばダ・ヴィンチベーコンブルーノ等)、“名を成した者”といえば悉く偏屈な異常者ばかりである。それは逆説の真理なのかも知れない――。

●ただリヨンでは給料が未払いとなってしまい、1526年に立ち去っている。その後アグリッパはカール5世に認められ、歴史の記録係として雇われる。1527年にアグリッパ問題作;『学問の空虚と不確実性』を執筆。(1530年に発刊。)

●なぜ問題作かというと、これは前著のオカルティズムを徹底的に否定するようなスタンスだから、である。

魔術のみならず、あらゆる学問は誤りに満ちている。

いくら学問を積んだ所で、それによってもたらされるのは畢竟、「虚しさ」と、「自分の無知さ加減」の痛感でしかない、

というもの。

発禁・没収・焚書・激怒…と、名書らしい迎合を受け、当人はマルキ・ド・サドジャン・ジュネのように投獄され、1535年にグノーブルで死去。(奇しくも三島由紀夫と同享年。)

●ただ、苦難が多かったからこそ、凡俗〔スノビズム〕への還俗的境地が語れたのであって、謂わばこれは砂漠の商人となったアルチュール・ランボーや、「常に民衆と共にあれ!」と書き付けずには居られなかったフランツ・カフカの心象に等しい。つまり敢えて自らを全否定したのは、後人をして徒らに自分のように、ピーコやロイヒリンやトルテミウスやクザーヌスやミランデラといった魔術師科学哲学者に憧れて“道を過る”ことのないように、との配慮である、恐らくは。

●だからこそ逆説的にも、第1部「自然魔術」・第2部「天界魔術」・第3部「儀礼魔術」の3巻構成で、森羅万象をエンチクロペディーしてしまおうとした『オカルト哲学』の持つ内容の凄さは追認されようというものだ。

●ポルタやフィチーノを発展させて体系化し、四大元素に始まり、黄道十二宮恒星の持つ力と影響、死者の蘇生、占術・夢・呪文を詳述する第1部。「神智はヘブライ語がお好き」とも述べている。

●通常世界を下部構造とし、それらを数値化して公理や法則で処理する上部構造の、つまりは「形而下vs形而上」の構図を考え、一般動物よりも神に近い存在であればこそ、それらの幾つかを知れる人類、――という意識をハッキリ持っていた節がある。よって、この第2部では数学幾何学・音楽・肉体のコーディネイトが思案され、当然ながらカバラ数秘術が中心主題となる。凡百のトリックスターと彼、アグリッパの大きく異なる点は、将にこの「神智を日常に役立てよう」と実学る所である。

●よってこそ、しかも神の使う言葉はパロールのみに留どまらず、「 ノンバーバル言語 → つまりはジェスチャー → つまりはダンス → つまりは儀式 」が考究された。ここで「ビオメハニカ」や「人間機械論」・「身体論」如きは完全な退化であることを知って赤面する。第3部。禹歩・反閇が七歩で、諸葛亮孔明の得意とした奇門遁甲が八陣で、修験道で九字を切ったり、切支丹が十字を切る意味も、何となく、ミラーリングされて間接的に分かるような気がする。

ジョン・ディーだ? キルヒャーだ? ベーメ? ブルーノ? クロウリー? シュタイナー? → へんッ、そんなもので君は飛べるかね? ほら御覧、僕は今まさに空中浮遊している…… 〈危っぶね〜!〉

http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/magic/agiripa2.htm

●ちなみに“勿論”のように、キルヒャーアグリッパも「和書」では全〜然一切ないが、「洋書」であればいくらかあるし、このAgrippaなど「e-Books」の企画で実に113件もの著物があるし、フルネームで「Henry Cornelius Agrippa」と検索しても彼の著作が105件も見つかる。その殆ど全てが各冊1冊¥652である!

*1:本キーワードid:nutra氏が記述したものです