バダ・ハリ

Badr Hari

キックボクサー


プロフィール

生年月日1984年12月8日
出身地オランダ/アムステルダムモロッコ国籍
所属ショータイム(マイクスジム)
バックボーンムエタイ
身長197cm
体重110kg


チャクリキ出身のキックボクサーK-1参戦前は長い手足を生かした荒々しい攻撃で、エロル・パリス、アジス・カトゥー?グーカン・サキなどの強豪に勝利。ピーター・アーツの再来として注目を浴び、新世代ファイターとしての活躍が期待されていた。


略歴

2005年11月19日、「K-1 WORLD GP 2005 IN TOKYO 決勝戦」で初来日。リザーブファイトでステファン“ブリッツ”レコと対戦し、2RにバックスピンキックでKO勝ち。リザーブ権を獲得するも準決勝出場の機会は無かった。両者は同年6月12日IT’S SHOWTIMEアムステルダム大会で一度対戦しており、その時はレコがバックスピンキックでハリに1RKO勝ちしている。

2006年3月5日、「K-1 WORLD GP 2006 IN AUCKLAND」のOCEANIA GPに出場。1回戦でピーター・グラハムと対戦し、3R終了直前に胴回転廻し蹴りを受けKO負け。この攻撃により、顎を骨折し病院送りにされてしまった。試合前日の記者会見でグラハムと乱闘騒ぎを起こした。

同年9月30日、「K-1 WORLD GP 2006 IN OSAKA 開幕戦」でルスラン・カラエフと対戦し、1Rに右ストレートを受けKO負け。この時ダウンした際にカラエフのローキックを顔面に受け、苦悶の表情を浮かべダウンを宣告され、10カウント以内にファイティングポーズが取れなかった。試合後にリング上で抗議したが裁定は覆らず、しばらく怒りが収まらなかった。

同年12月2日、「K-1 WORLD GP 2006 IN TOKYO 決勝戦」のスーパーファイトポール・スロウィンスキーと対戦し、判定勝ち。

同年12月31日、「K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!」でニコラス・ペタスと対戦し、2Rにダウンを奪い、セコンドのタオル投入によりTKO勝ち。ペタスは左腕を骨折した。

2007年3月4日、「K-1 WORLD GP 2007 IN YOKOHAMA」の初代K-1ヘビー級王座挑戦者決定戦でカラエフと再戦し、2Rに左フックで先制のダウンを奪われたが、その直後にカウンターの右ストレートで逆転KO勝ちしリベンジを果たした。

同年4月28日、「K-1 WORLD GP 2007 IN HAWAII」の初代K-1ヘビー級王者決定戦で藤本祐介と対戦し、1Rに左ストレートと左ハイキックで2度のダウンを奪いKO勝ち。初代K-1ヘビー級王者となった。

同年8月5日、「K-1 WORLD GP 2007 IN HONG KONG」のスーパーファイトでグラハムと再戦し、3Rにボディブローでダウンを奪い判定勝ちしリベンジを果たした。

同年9月29日、「K-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16」でダグ・ヴィニーと対戦し、2Rに右ストレートでKO勝ち。

同年12月8日、「K-1 WORLD GP 2007 FINAL」の準々決勝でレミー・ボンヤスキーと対戦し、判定負け。

2008年4月13日、「K-1 WORLD GP 2008 IN YOKOHAMA」でレイ・セフォーと対戦し、1Rに左フック、右ストレート、パンチ連打で3度のダウンを奪いKO勝ち。

同年6月29日、「K-1 WORLD GP 2008 IN FUKUOKA」のK-1ヘビー級タイトルマッチグラウベ・フェイトーザと対戦し、1Rにパンチ連打で2度のダウンを奪いKO勝ち。王座初防衛を果たした。

同年8月9日、「K-1 WORLD GP 2008 IN HAWAII」のスーパーファイトでドマジョフ・オスタジック?と対戦し、1R僅か19秒で左フックでKO勝ち。しかし、両者ほぼ同時に攻撃が決まり、ハリもよろめいた。両者は2005年3月11日に一度対戦しており、その時はハリが右フックでオスタジックに2RKO勝ちしている。

同年9月27日、「K-1 WORLD GP 2008 IN SEOUL FINAL16」でチェ・ホンマンと対戦し、2Rに左フックでダウンを奪われたが、その後挽回し本戦をドローに持ち込んだ。しかし延長戦開始前に脇腹を痛めたホンマンのセコンドのタオル投入によりTKO勝ち。

同年12月6日、「K-1 WORLD GP 2008 FINAL」の準々決勝でピーター・アーツと対戦し、1Rに右ストレートでダウンを奪い、2Rにジャンプ前蹴りでダウンを奪い、その後も攻め続けレフェリーストップでTKO勝ち。準決勝でエロール・ジマーマンと対戦し、2Rに右フックで先制のダウンを奪われたが、その後右ストレートでダウンを奪い返し、3Rに右ストレートでKO勝ち。決勝でボンヤスキーと再戦し、1Rに左フックでダウンを奪われ、2Rに両者がもつれて倒れ、角田信朗レフェリーが制止したところを振り切って、倒れたボンヤスキーにパンチと踏みつけの反則攻撃を放った。ボンヤスキーのダメージ回復のため5分のインターバルを取ったがダブルビジョン(物が二重に見えること)が回復せず、悪質な反則により失格負け。グランプリ前代未聞の結末となった。後日、この反則によりこの大会のファイトマネー全額没収、グランプリ準優勝の称号剥奪及び賞金全額没収、K-1ヘビー級王座剥奪となった。

同年12月31日、「Dynamite!!勇気のチカラ 2008〜」でアリスター・オーフレイムK-1ルールで対戦し、1Rに左ストレートと左フックで2度のダウンを奪われKO負け。

2009年2月8日、IT’S SHOWTIMEアントワープ大会でフレデリック・シニストラと対戦し、1RKO勝ち。

同年年5月16日、IT’S SHOWTIMEアムステルダム大会の初代世界ヘビー級王者決定戦でセーム・シュルトと対戦し、1R僅か45秒でパンチで2度のダウンを奪いKO勝ち。初代IT’S SHOWTIMEヘビー級王者となった。

同年9月26日、「K-1 WORLD GP 2009 IN SEOUL FINAL16」でザビット・サメドフと対戦し、1RにボディストレートでKO勝ち。

同年12月5日、「K-1 WORLD GP 2009 FINAL」の準々決勝でカラエフと3度目の対戦。1Rに右フックで2度のダウンを奪いKO勝ち。準決勝でアリスターと再戦し、1Rに右ストレートと左ハイキックで2度のダウンを奪いKO勝ち。決勝でシュルトと再戦し、1Rに左ストレート、左ハイキック、左ミドルキックで3度のダウンを奪われKO負け。惜しくも準優勝となった。

2010年2月13日、IT’S SHOWTIMEプラハ大会の世界ヘビー級タイトルマッチムラッド・ボウジディと対戦し、2RKO勝ち。初防衛を果たした。

同年4月3日、「K-1 WORLD GP 2010 IN YOKOHAMA」でアレクセイ・イグナショフと対戦し、2Rに右フックでダウンを奪い判定勝ち。両者は2003年6月8日のIT’S SHOWTIMEアムステルダム大会で対戦しており、その時はイグナショフが3RKO勝ちしている。

同年5月29日、IT’S SHOWTIMEアムステルダム大会の世界ヘビー級タイトルマッチヘスディ・カラケスと対戦し、2Rにスリップダウンし立ち上がろうとしたカラケスの顔面にキックを放ってしまい、反則負け。王座陥落となった。その後自身の謹慎を決め、またオランダでの暴行事件の容疑をかけられ容疑を晴らすため、この年のK-1 WORLD GPを欠場。

2011年5月14日、1年振りの復帰戦。IT’S SHOWTIMEリヨン大会でグレゴリー・トニーと対戦し、1RKO勝ち。

2012年1月28日、キックボクシング引退試合IT’S SHOWTIMEレーワルデン大会でグーカン・サキと対戦し、1RKO勝ちで有終の美を飾った。この試合を最後にボクシングに転向。

しかし、同年5月27日の「K-1 RISING 2012」でキックボクシングに復帰。アンダーソン“ブラドック”シルバ?に判定勝ち。ボクシングとK-1を両立していく。


獲得タイトル


リスト::格闘家