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テレビ

パネルクイズアタック25

ぱねるくいずあたっくにじゅうご

朝日放送ABCテレビ)制作の長寿クイズ番組。現在でも視聴者が参加できる、数少ないクイズ番組のひとつ。

朝日放送をキーステーションにテレビ朝日系列で、1975年4月6日より毎週日曜日13時25分〜に放映中。

初代司会者は児玉清*1。二代目司会者は浦川泰幸朝日放送アナウンサー)。

クイズに答えて、縦5列×横5列=25枚のパネルをオセロゲームの要領で、4組の回答者で取り合いをする。

パネルが20枚に達した時点で「アタックチャンス」となる。

最後に一番多くのパネルを取った解答者は、正解すると海外旅行を獲得する映像クイズ(「ある人物」「ある地名」などを、ヒント映像を見て答えさせる)にチャレンジできる。

問題の映像は、4組の回答者で取り合いをした25枚のパネル画面に映し出されるが、挑戦者(及び視聴者)には、自分が獲得したパネル部分しか見えないようになっている。映像の最後には重大なヒント(正解が人物であれば顔写真や肖像画など、地名であれば国旗や市章など)が映し出されるが、自分が取ったパネルの位置によっては映像の肝心な部分が見えないことで正解を導けず(挑戦者や問題によっては、多数のパネルを獲得し、「死角」がないような映像の再生状態でも正解を導けないことがある)、海外旅行獲得を逸することもある。

司会者の交代とその後の放送

2011年4月10日放送で児玉清は、病気療養のため、一時司会を降板した。翌週4月17日放送から浦川泰幸が代理司会を務める。復帰の予定があったものの、5月16日に児玉清は死去したため、先の「4月10日放送が最後のアタック25の司会」になった。

そして、5月29日放送から浦川泰幸が正式に2代目の司会になった。

特徴的なのは、ブラックジョークのうまさや毒舌ぶり。さらに優勝した解答者のパネルの開いてる部分をうまくコメントして、「そこは分かるかな」という具合で問題スタート。海外旅行獲得に失敗での「残念」である。

この「残念」を言うのは、浦川泰幸になってからの司会で大きな特徴である。これが今の「アタック25」の売りになった。

また、2011年10月2日と11月13日の回では25枚のパネルが全部埋まらず、途中で問題終了して、一番パネルの多い解答者が海外旅行挑戦に挑んだ。いずれも旅行獲得してる。*2

そして、2012年4月1日放送からリニューアル。セットも内容も一新した。

ちなみに、浦川アナの代になって、児玉清が司会の時に出場した解答者も出場している。いずれも2000年以降に出演した人が多くなった。

*1児玉清が病気の際、板東英二が代役司会を務めたことがある

*2児玉清が司会のときは、25枚のパネルが全部埋まらず、問題終了になったのは何度かあった。他にも25枚埋まるまで問題を継続し、オンエアで一部をダイジェスト化したこともあった。しかし、浦川泰幸の司会では初めてであった。