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ピノチェト

一般

ピノチェト

ぴのちぇと

ピノチェト,アウグスト

Pinochet,Augusto

本名=ピノチェト・ウガルテ,アウグスト〈Pinochet Ugarte,Augusto〉

チリの政治家;軍人

元・チリ大統領;元・チリ陸軍総司令官

1915年11月25日生 出生地:バルパライソ

チリ陸軍士官学校1933年〕卒

駐米チリ大使館付武官、陸軍士官学校副校長、陸軍第6師団長を経て、1969年陸軍参謀長、'73年8月陸軍総司令官。同年9月海・空両総司令官、警察軍長官とともに軍事評議会を結成、クーデターでアジェンデ政権を倒し、軍事評議会議長兼陸軍総司令官となる。'74年12月大統領に就任。以後、独裁制をしき、大統領任期を6年から8年に延長した。'81年3月軍事評議会議長退任。'88年10月次期大統領としての信任を問う国民投票を実施したが大差で敗北し、'90年3月任期満了で退任。この間、左派勢力を弾圧、誘拐や拷問などで3000人以上の死者、行方不明者を出した。'98年3月陸軍司令官を退役、同月選挙を経ない名誉職の終身上院議員となる。ロンドンの病院に入院中の同年10月、独裁時代に左翼狩りと称してスペイン国籍の市民を殺害したとして、スペイン予審判事の逮捕要請を受けた英国司法当局に拘束され、軟禁下に置かれる。しかし、2000年3月健康悪化を理由に英国内相が放免を決定、釈放されチリに帰国。同年8月チリ最高裁が終身上院議員としての刑事免責特権の剥奪を決定。同年12月サンティアゴ高裁により殺人罪、誘拐罪などで起訴され、2001年1月再起訴される。同年3月サンティアゴ高裁が自宅軟禁解除、保釈を決定。同年7月精神上の問題を理由に裁判の中止が決定される。2002年7月終身上院議員を辞す