フーゴ・バル

アート

フーゴ・バル

ふーごばる

フーゴ・バル(Hugo Ball, 1886〜1927)


音楽好きで敬虔なカトリック信者の家庭に育った。ギムナジウム卒業後、一度大学進学を断念して、皮革工場に就職。

その後、5年間大学に在学、ニーチェに傾倒するが、大学を辞め、1910年ベルリンで演劇学校に入り、

4年ほどの間、ドイツ国内の小劇場で、舞台監督や演出家として活動。

第一次世界大戦での従軍を経て、ルーマニアを経由し、スイスへと逃れた。


1916年2月5日スイスチューリヒで、文藝酒場カバレー・ヴォルテールを開き、初期ダダのメンバーとしてトリスタン・ツァラらと活動。

やがて袂を分かち、極貧の中、政治論文の執筆やキリスト教研究に携わり生涯を終えた。