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ヘレン・ケラー

一般

ヘレン・ケラー

へれんけらー

Helen Adams Keller

1880〜1968年

アメリカ社会福祉事業家。盲ろう者

1880年6月27日生まれ。

生後19か月で猩紅熱[しょうこうねつ]の為に盲聾唖(三重苦)となるが、家庭教師アン・サリバンの教育によって読み書きを覚えて大学を卒業し、日本では「奇跡の人」と呼ばれている。

尤もこの「奇跡の人」という呼び名はウイリアム・ギブソンの書いた戯曲「The Miracle Worker」と映画化された同作品の邦題から間違って伝わったもので、原題のMiracle Workerとは家庭教師アン・サリバンの事を指している。*1

また良き理解者であったマーク・トウェインは彼女とナポレオンを「19世紀の奇跡」と評した。

世界各地で講演して身体障害者の地位向上や福祉などの社会活動に献身し、日本にも数度訪れた。


三重苦(盲ろうあ者)と言われているが、サリバン先生に教わる以前より周囲とのコミュニケーションはある程度可能だったようである。

「水」という意味で「ウォー・ウォー」という発声をしたり、50種類ほどの身振り手振りによるコミュニケーションをとっていて、電話の発明で有名なアレクサンダーグラハム・ベルは、その身振り手振りを良く理解したと言われている。

その後、サリバン女史の教育でヘレン・ケラーはすぐに300種類ほどの言葉を覚える。ただしゲーム感覚で、まだ物と言葉が結びついてなく、コップと中の水との区別がつかなかった。そこで井戸へ行き片手に持たせたコップに水を流し、もう片方の手に「w-a-t-e-r」と指文字を書くと、ヘレンはコップを落とし考え込んでしまった。はじめて「生きていることば」を理解した瞬間である。この時の衝撃をヘレンは「私の魂は目覚め、光と希望と喜びを手にし、とうとう牢獄から開放されたのだ!」と表している。

井戸で「ウォーワー(ウォーター)」と叫ぶ場面や、野生的な生活描写はギブソンの創作であるが、これらが本来のヘレン・ケラーの姿であると思っている人は多いと思われる。

ヘレン・ケラーが初めて発した「言葉」というのは正確にはわからないが(ウォーを含むならこれが最初)、発声の練習後に自ら発音した言葉として「It is warm today(今日は暖かです)」が挙げられる。

発声に関してサリバン女史を含む周りの人は、普段の勉強が疎かになるとの理由で消極的であったが、ヘレン・ケラーの熱意に負け専門の先生を紹介するに至った。(サリバン女史には専門の知識が無かった)

*1:初来日直前にサリバン女史が死亡したのも理由の一つと言われている。また戯曲や映画の主役はアン・サリバンでヘレンは重要であるが脇役となっていて、実際に1962年アカデミー賞ではアン・サリバン役のアン・バンクロフト主演女優賞ヘレン・ケラー役のパティ・デュークが助演女優賞を獲得している