ペーター・ネストラー

映画

ペーター・ネストラー

ぺーたーねすとらー

映画監督(1937−)

1937年、ドイツフライブルク生まれる。母はスウェーデン人、母方の祖父エーリッヒ・フォン・ローゼン(1879−1948)は貴族で探検家。1954年、ハンブルクの貿易会社で見習い。1955年、兵役を逃れるため、船乗りになり、中南米を回る。ミュンヘンの芸術アカデミー絵画を学ぶ。学費を稼ぐため、映画・テレビに出演。1962年、映画テレビ学校の学生だったクルト・ウルリッヒとともに、エイゼイシュテインのモンタージュに影響されながら、初の短編作品『水門のほとりで』を撮る。1964年、同じアパートで映画『和解せず』の撮影準備をしていたジャン=マリー・ストローブダニエル・ユイレと知り合い、互いの映画作りに共鳴して「解放感」を覚える。1965年、「カイエ・デュ・シネマ」のミシェル・ドラエによって、同時代で「最も偉大なドキュメンタリスト」と評される(Cahiers, vol.163)。1966年、オーバーハウゼンでストローブ、ルドルフ・トーメ、マックス・ツィールマン、クラウス・レムケらと短編を上映するが、左派から攻撃される。同年、ドイツで仕事がなくなり、スェーデンへ移住。ハンガリー女性で以後映画作りのパートナーとなるショーカと結婚。森林作業員、製氷工場勤務の後、スウェーデン放送局の子供番組買付、編纂担当。1968年、ストローブによって、「戦後ドイツで最も重要な映画作家」と評される(Filmkritik, vol.10)。ストローブ=ユイレの映画『アーノルト・シェーンベルクの≪映画の一場面のための伴奏音楽≫入門』(1972)でブレヒトのテクストを朗読。2012年、ロンドンドイツ文化センターでレトロスペクティヴ上映。