スマートフォン用の表示で見る

ペロン

一般

ペロン

ぺろん

フアン・ドミンゴ・ペロン。

アルゼンチンの軍人、政治家

白人の中産家庭に生まれ、陸軍士官学校に入学。

後にヨーロッパへ留学、その際にファシズムに感銘を受けたとされる。

帰国後、「統一将校団」を結成し、その首領となった。

1943年、国防相・労働相・副大統領を兼任して、賃金引上げや労働時間の短縮

といった政策を実施し、労働者の支持を集めると

1946年には大統領に就任。農業国家だったアルゼンチンの工業化に成功。

また婦人に参政権を与えるなど、革新的な政策を実行した。

この頃親ファシスト政権で、ドイツイタリアからの亡命者を数多く受け入れる。

1950年代になると、結社・信教の自由を禁止、カトリック教会と対立などが原因で

急速に支持を失っていく。特に保守派層からの攻撃は苛烈を極め

1960年スペイン亡命した。

しかしその後、経済的、政治的に危機に陥ったアルゼンチン民衆によって

再び呼び戻され、1973年大統領に返り咲き左派暴力主義の撤廃や民族資本の導入

などによってアルゼンチン経済は除々に息を吹き返してきたが

そんな1974年急死した。

内助の功に徹した夫人エビータは現在も人気があり、映画化もされた。