ホセ・ペケルマン

スポーツ

ホセ・ペケルマン

ほせぺけるまん

José Néstor Pékerman Krimen

アルゼンチンの元サッカー選手、現サッカー指導者。選手時代のポジションはミッドフィールダー

1949年9月3日生まれ。

現役時代はアルヘンティノス・ジュニアーズコロンビアインデペンディエンテ・メデジンでプレーした。

現役引退後は指導者となり、アルヘンティノス・ジュニアーズなどの下部組織の監督を務めた。

1993年アルゼンチンのクラブユースを調査して、育成方針をレポートにまとめた。それを見てAFAはペケルマンにすべてのユース代表を委ねることにした。以後彼はアルゼンチン代表の基礎を育て、多くの人材を輩出することになる。

1994年、U-20とU-17のアルゼンチン代表監督に就任。

1995年、FIFAワールドユース選手権で優勝。FIFA U-17世界選手権で3位を獲得。

1996年、アトランタオリンピックにて準優勝を獲得。この時のメンバーであるマティアス・アルメイダエルナン・クレスポハビエル・サネッティペケルマンの教え子が初めて世界の檜舞台に上がった。

1997年FIFAワールドユース選手権で再び優勝。この時のメンバーがパブロ・アイマールファン・ロマン・リケルメディエゴ・プラセンテリオネル・スカローニワルテル・サムエルエステバン・カンビアッソである。

1998年、ダニエル・パサレラ監督の辞任後、A代表監督就任を要請されたが、マルセロ・ビエルサを推薦。

2001年、FIFAワールドユース選手権で3度目の優勝を果たした。メンバーはアンドレス・ダレッサンドロハビエル・サビオラファブリシオ・コロッチーニマウロ・ロサレスニコラス・メディーナニコラス・ブルディッソらである。

2002年FIFAワールドカップアルゼンチン代表がグループリーグ敗退に終わった時も、ビエルサの解任とペケルマンに監督要請の声が上がったが本人は固辞。また、2002年にはユースの代表監督を退いている。

2003年、スペインレガネスへスポーツディレクターとして赴くが、2004年2月には解任された。

2004年9月、ビエルサ監督の辞任にともない、アルゼンチン代表監督に就任。ユース世代で育てた選手のほとんどがA代表のメンバーとなっている。2006年FIFAワールドカップでは、ベスト8に終わり、監督を辞任した。

監督歴

1981-1982
チャカリタ・ジュニアーズ(ユース)
1982-1992
アルヘンティノス・ジュニアーズ(ユース)
1992-1994
CSDコロコロ(ユース)
1994-2001
U-20アルゼンチン代表
2004-2006
アルゼンチン代表
2007-2008
デポルティーボ・トルーカFC
2009
UANLティグレス
2012-
コロンビア代表

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