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ポール・ヴァーホーヴェン

映画

ポール・ヴァーホーヴェン

ぽーるう゛ぁーほーう゛ぇん

Paul Verhoeven

映画監督

略歴

大学在籍中に映画に目覚める。卒業後は兵役を務め、軍のドキュメンタリを監督した。その後テレビ局に入社、ルトガー・ハウアーと出会い、テレビシリーズを製作。ハウアーをオランダ国内のスターに押し上げる。1971年に『Wat zein ik』で長編劇映画デビュー。第2作目『ルトガー・ハウアー/危険な愛?』でアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。その後もオランダ国内で人間への冷徹な視線を投げかけるセックスとヴァイオレンス溢れる映画を次々と監督し、物議を醸す一方、アメリカで評価を高める。

オランダ国内での批判の矢面に立たされて嫌気がさしていたとき、ファンだというマイケル・ダグラスから『ブラック・レイン』の監督を依頼されるが、「英語も苦手なのに日米文化衝突の映画なぞ撮れない」と断り、同時期に依頼の来ていた『ロボコップ』を「英語が分からなくても”絵”で撮れそうだから」という理由で引き受ける(後にダグラスとは『氷の微笑』で組むことになる)。同作はそのヴァイオレンス描写と独特のブラックユーモアが受けて大ヒット。以後、次々と物議を醸す映画を発表、過激な描写が常にMPAAの成人指定を受け、再編集を余儀なくされることとなる。怒ったヴァーホーヴェンは最初から成人指定映画として『ショーガール』を発表、しかし批評面でも興行面でも失敗に終わり、ラジー賞を受賞。同賞授賞式に現れてトロフィーを受け取り、「Revenge!!(観てろ、復讐だ! ぐらいの意味か)」と叫んで喝采を浴びる。

インビジブル』発表後もハリウッドでの企画は幾つもあったがどれも実現せず、2006年の『ブラックブック』以降は再び活動の場をオランダに移している(同作は2006年度アカデミー賞外国語映画部門にオランダ代表として出品される)。


主な作品


ポール・バーホーベン