ポスト・ケインジアン

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ポスト・ケインジアン

ぽすとけいんじあん

ポスト・ケインジアン post Keynesian

現代経済学に占める一学派であるが,第2次大戦後より長らく広義に使われてきており, J.M.ケインズの《雇用・利子および貨幣の一般理論 (一般理論) 》に基づいて,その短期の有効需要理論を長期動態分析にまで拡張しようとしてマクロ的動学理論に取り組んだ経済学者たちを総称するものであった。彼らによって1950年代から 60年代において循環的成長モデルや技術進歩分析など長期経済発展の議論に彫琢 (ちようたく)をみたのであるが,戦後,欧米の資本主義諸国が順調な経済成長を遂げるにつれ,その経済像は新古典派総合といわれる市場機構についての理解に立脚するものが優勢となっていった。この新古典派総合の立場は,政府が高い安定した雇用水準を維持する責任を引き受けるとしたもとで,インフレ率を適度に保ちつつ最大の成長率を追求することができるとするものである。

ところが 1960年代後半になると,先進資本主義諸国でも〈しのび足〉のインフレーション (クリーピングインフレーション) は〈駆足〉のインフレーション (ギャロッピング・インフレーション) に転化していき,公害や都市問題が顕在化して,モデルの背後にある価値判断所得分配問題について意味するところが問われることにもなった。 70年代に入ると,戦後の世界資本主義体制を支えたブレトン・ウッズ体制が崩壊するに至り,国内均衡と対外均衡を両立させるポリシー・ミックスが求められるなかで,有効需要創出政策としてのケインズ政策は挑戦を受けたのである。

こうした状況下で,J.V.ロビンソン?1971年12月,アメリカ経済学会の記念講演において〈経済理論の第二の危機〉を指摘したことは大きな関心を呼んだ。ロビンソンケインズに続くポスト・ケインジアンの領袖として《一般理論》の一般化のために蓄積と成長・分配の問題に取り組んだが,そのさい,1960年代後半以降の先進資本主義諸国の現状がケインズ自身の直面した 1930年代と識別されるものであることに注意を払おうとした。つまり,ケインズ政策が導入され,組み込まれた後に展開される現代の市場機構がはらむ問題は,ケインズが直面した第一の危機を克服する過程を経て立ちあらわれてきたのであり,そうであるならば,有効需要の概念はその量的次元においてのみならず,投資の質,雇用の内容,所得分配が動学的マクロ経済的循環のなかで果たす役割においてこそ論じられねばならないというのである。しかもそのさい,企業組織や市場機構が展開し,変貌を遂げるなかで,現代経済の制度的詳細を記述することが肝要であり,この点でより限定された意味での〈ポスト・ケインジアン〉は,ケインズ貨幣経済的認識とM.カレツキ?の寡占的経済機構の分析を二大支柱とすることになるのである。こうしてポスト・ケインジアンケインズ革命を徹底せんとする方向に動くとき,市場における価格調節機構について批判的理解に立ち,新古典派総合におけるような調和論的なそれとは識別されることに注意が払われなければならない。しかしこうした現代経済についての批判的理解は,ロビンソン以外にも,P.スラッファ?, N.カルドア?,R.F.カーン,パジネッティ? Luigi Lodovico Pasinetti (1930‐ ), 宇沢弘文 (1928‐ ) ら有力な経済学者を数え,現代資本主義の分析と政策処方箋の提出の双方において注目されてきたのである。