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マンシュタイン

一般

マンシュタイン

まんしゅたいん

エリッヒ・フォン・レヴィンスキー=フォン・マンシュタイン

Erich von Rewinski Genannt von Manstein (1887年-1973年)

ドイツ軍人。おそらく、20世紀最高の戦略能力の持ち主。

第二次世界大戦においては「マンシュタイン・プラン」を立案、遂行し、フランスを短期間のうちに征服した。東部戦線セヴァストポリ要塞攻略、ハリコフ戦等で活躍したが、ヒトラーとたびたび衝突、解任された。突撃砲の原案者*1でもある。

経歴

その後,陸軍大学校入学(同期にはハインツ・グーデリアン

1944年3月
南方方面軍司令官を罷免される
1949年
禁固18年となる
1953年
仮釈放される
1973年6月
没,85歳

語録

  • 「敵地における機甲部隊の安全は、移動することにある」
  • 「日々の生活と大いなる体験をともにした幾年かで、われわれは友となった。この友情の絆は、君に命中した敵弾によっても断ち切ることはできぬ。私の感謝と友情と全員の思いが、墓を越えて君を永遠の境へ送っていく。最愛の友よ、さらば!」(セヴァストポリ攻略戦後の葬儀において)
  • 「1個軍を失うぐらいなら、都市1つを失う方がマシだ」(ハリコフ放棄に際して)

*1マンシュタイン歩兵随伴火力「装甲突撃砲兵」の具現化が突撃砲

*2スターリングラード放棄をヒトラーが承認しかなかった、パウルスが脱出に応じなかった、など