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ミシェル・プラティニ

スポーツ

ミシェル・プラティニ

みしぇるぷらてぃに

Michel Platini

フランス代表歴のある元サッカー選手(1987年現役引退)、現UEFA会長

プロフィール

フルネーム : Michel François Platini

生年月日 : 1955年6月21日

出身地 : Jœuf, Meurthe-et-Moselle, Lorraine (ジェフ、ムルト=エ=モゼル県?、ロレーヌ地域圏?

ポジション : MF

代表デビュー : 1976年3月27日チェコスロバキア

フランス代表 : 72試合出場・41得点

ニックネーム : 将軍

所属クラブ

1965〜72 : ASジェフ / AS Joeuf

1972〜79 : ASナンシー・ロレーヌ / AS Nancy-Lorraine 216試合出場・117得点

1979〜82 : ASサンテティエンヌ / AS Saint-Étienne 145試合出場・82得点

1982〜87 : ユヴェントスFC / Juventus F.C. (イタリア) 224試合出場・104得点

獲得タイトル

個人タイトル

監督歴

  • フランス代表 : 1988〜92年

その他

プロの選手になったには、1973年ASナンシー・ロレーヌと契約してから。プラティニフリーキックは芸術的で、リーダーシップもあり、パスセンス・テクニック・得点能力などは群を抜き出ていた。1983年から3年連続してバロンドールに選出される。

ワールドカップには3回出場し (1978年, 1982年, 1986年)、1980年代フランスサッカーがシャンパンサッカーと言われた頃のフランス代表の主将で、1984年、自国フランス開催のUEFAヨーロッパ選手権で9得点をあげ優勝。フランス代表初の国際タイトル獲得に貢献した。

ユヴェントスFC時代、MFでありながらセリエA3年連続得点王1985年5月29日、"ヘイゼルの悲劇" という大惨事が起こった中でのUEFAチャンピオンズカップ決勝、自らのゴールでリヴァプールFCを破りビッグイヤーを獲得した、1985年12月、Intercontinental Cup (トヨタカップ) で来日し優勝。しかし1986-87シーズン終了後 ヘイゼルの悲劇によるショックを理由に、現役生活にピリオドを打つ。

5年後の1992年、UEFAヨーロッパ選手権スウェーデン大会にフランス代表監督として出場したが、1次リーグで敗退した。

2007年1月26日、UEFAヨーロッパサッカー連盟) 会長に選出される。任期は4年。2011年再任。


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