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メロリンQ

テレビ

メロリンQ

めろりんきゅう

俳優の山本太郎が「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」内の人気コーナー「ダンス甲子園」で行っていた瞬発力抜群の一発芸。また、当時を知る人であれば現在の山本太郎を見るたびにこの言葉が浮かんできてしまうため、山本太郎自身を指してこの言葉を使うこともある。芸の内容は以下参照。

Judas Priest"Painkiller" などをバックに、海パン×水泳帽×素肌にローション(またはサラダ油)×胸に「メロリンキュー」の文字、といういでたちの太郎が「メロリン・・・」と言いながら両手を「OK」の形にし、胸まで上げ、突然「キュー!!!」と叫びながら(with顔芸)、その両手を胸部前方に思いっきり突き出し微妙に痙攣するという、言葉と動作の意味するところは全くわからないが、とにかく勢いに任せた初期衝動に溢れる一発芸。ちなみに、太郎の初回登場時は「メロリン」ではなく「ストロベリーキュー」であった。

「メロリンQ」の別バージョンとして「千利Q」「おばQ」「千代の富士脱Q」「モンテスQ」「磯野Q」「ダブりQ」「ぺヤングQ」「東京特許許可キョQ」など数々の「Q」があり、すべてに上記したような珍奇な動作が付随する。また、後には「Q」のみではなく、謎のステッキダンスなど初期衝動と図太い神経に任せた数々のシュールな芸を開発。番組ゲストにMCハマー御大が登場した際、L。L BROTHERSをはじめとするダンスチームが緊張のあまりにダンスをトチりまくったのに対し、太郎だけが珍奇極まりない奇天烈なダンスを堂々と踊り上げ、ハマーに「Great! Great!」との賞賛の言葉を思わず口にさせたのは記憶に新しい。他にも同番組のスタジオ出演時にビートたけしの持ちネタ「コマネチ」を執拗に繰り返し、これに乗せられたビートたけし自身が数年ぶりにTV上で「コマネチ」を披露したことも。

このように、山本太郎の登場以降、大方の視聴者にとって「ダンス甲子園」の「ダンス」はどうでも良くなり、ただただ予測不可能でトンチキな太郎の行動を見たいがために同番組を見ていたといっても過言ではない。しかし、その人気が絶頂に達した頃、江ノ島にて行われた同番組のイベントにおいて、太郎はいつもの半裸のいでたちではなく白のスーツを着て登場。ただならぬ雰囲気に出演者一同が息を呑む中、太郎は突然の「ダンス甲子園からの引退」を宣言。これ伴い数々の「Q」達も永遠に封印されることとなった・・・以降の太郎の活躍は知っての通りである。

ちなみに「ダンス甲子園」にデビューした当時のユニット名は3人組(太郎以外の二人は半裸×ネクタイ)の「アジャコング戸塚ヨットスクールズ」。しかし、天井破りにエスカレートする太郎の奇行と凶暴っぷりに疲れたメンバーは徐々に脱退。最終的に太郎の一人ユニットとなる。当初から太郎以外のメンバーのやる気の無しっぷりが手にとるようにわかったので、この帰結は当然と言えよう。

とにもかくにも、彼の繰り出すパンクアバンギャルドで薄っすらとした狂気を感じさせられる挙動は日曜20時の日本を混乱と興奮の坩堝に陥れた。メロリンQでお茶の間に登場した太郎は当時16歳、恐るべき度胸である。

ちなみに、2006年9月3日のNHKトップランナー(ゲスト:SEAMO)」の際,SEAMOダンス甲子園時の山本太郎の熱烈なフリークであったことを告白し、自然と話題は上記した太郎の数々の奇行へと展開。話の中で「メロリンQ」という固有名詞こそは出なかったものの、太郎自身の口から当時の思い出が語られるという非常に稀なケースであったといえる。

太郎曰く「あれは封印しているわけではなく、人類最後の日にはあれで行こうかと。。。」とのこと。今後の彼の活動に期待したい。