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ライオネル・リッチー

音楽

ライオネル・リッチー

らいおねるりっちー

 大学在学中に地元のバンド=コモドアーズサックス奏者として加入、モータウンから74年にデビュー。やがてヴォーカリスト/ソングライターとして頭角を表し、77年にはライオネルのペンによるバラード"Easy"が全米R&Bシングル・チャートで首位を獲得、翌78年には"Three Times A Lady"がついに全米ポップ・チャートで初のNo.1を記録する。

 ケニー・ロジャースに提供した"Lady"や、ダイアナ・ロスとのデュエット"Endless Love"がジャンルを超えた大ヒットを記録し、ライオネルは82年コモドアーズを離脱する。

 同年、ライオネル初のソロ・アルバム『Lionel Richie』が発表された。"Truely"がチャートを制覇し、アルバムも400万枚以上のセールスを記録。83年の2ndアルバム『Can't Slow Down』(翌年度のグラミー受賞作)でポップ・シーンの頂点を極める。世界中で1,000万枚以上を売り上げた同作からはロス五輪の閉会式でも歌われた"All Night Long"をはじめとする5曲のトップ10シングルが量産されている。85年には〈USA For Africa〉のプロジェクトで、マイケル・ジャクソンと"We Are The World"を共作。同年暮れの"Say You, Say Me"と3rdアルバム『Dancing On The Ceiling』も大ヒット。しかしライオネルはその後、約7年間活動を休止する。

 92年にベスト・アルバム『Back To Front』で活動再開し、新曲"Do It To Me"がR&Bチャートで再びトップを飾る。モータウンからマーキュリーに移籍して『Louder Than Words』(96年)をリリース、ジャム&ルイスの手掛けた"Don't Wanna Lose You"がヒット、続く『Time』(98年)を発表。その後アイランドに移籍して2000年に『Renaissance』を発表、ダンス・ポップ・チューン"Angel"がヨーロッパ各地で成功を収めた。2002年にはスタジオ録音の新曲も含む初のライヴ・アルバム『Encore』(2000年のウェンブリー公演を収録)をリリース。新たに編まれたベスト盤『Definitive Collection』はアメリカでもヒットを記録している。また、2003年には名作『Can't Slow Down』の「Deluxe Edition」が、12インチ・ヴァージョンや未発表テイクなどを収録したCD2枚組で登場した。  そして、2004年、オリジナル・アルバムとしては通算7作目となる今作をリリース。