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リットン調査団

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リットン調査団

りっとんちょうさだん

1931年(昭和6年)満州鉄道が爆破される柳条湖事件が発生した。これは関東軍が独断で起こした謀略事件であったが、これを口実に関東軍満州全土を軍事占領した。政府は後手後手で状況を追認した。

1932年、関東軍清朝の最後の皇帝宣統廃帝溥儀を執政として満州国を建国した。蒋介石中華民国はこの事件を国際連盟に提訴し、イギリスリットン卿を中心とした多国籍のリットン調査団が組織された。リットン調査団は報告書で満州国を民族独立運動の結果生じた正当な国家として認めず、満州国列強の共同管理下に置くよう提案した。

1933年の3月の国際連盟総会にて、このリットン調査団による報告書が賛成42、反対1(日本)、棄権1(タイ)で採択された。その場で松岡洋右国際連盟脱退通告文を読み上げ、日本は国際連盟を脱退した。(松岡自身は脱退に反対だった)同年10月にはナチスドイツ国際連盟を脱退し、国際社会のブロック化が進展した。

メンバーには以下の五名の委員に、当事国のオブザーバー二名が加わった。

  1. リットン卿 Victor Alexander George Robert Bulwar- Lytton, 2nd Earl of Lytton イギリス人委員・調査団長(元インド副総督・枢密顧問官)
  2. クローデル将軍 Henri Claudel フランス人委員(元フランス植民地軍総監)
  3. マッコイ将軍 Frank Ross McCoy アメリカ人委員(元セオドア・ローズヴェルト大統領副官)
  4. アルドロバンディ伯爵 H. E. conte Aldrovandi イタリア人委員(元駐独イタリア大使)
  5. ハインリヒ・シュネー博士 Heinrich Schne ドイツ人委員(国会議員・元ドイツ領東アフリカ総督)
  6. 吉田伊三郎 日本オブザーバー(前トルコ駐在大使)
  7. 顧維鈞博士 中国オブザーバー(元外交部長)

アート

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