リヒトホーフェン

一般

リヒトホーフェン

りひとほーふぇん

Manfred Albrecht von Richthofen(1892年〜1918年)


第一次世界大戦時のドイツ軍エースパイロット。通称レッド・バロン。その他多数の異名を持ち、敵味方を超えて愛される人物*1

赤いフォッカーDr.I(三翼機)をはじめ真紅の機体で知られ、前人未踏の80機撃墜を達成*2

1918年4月21日、ソンム川付近での空中戦にて戦死。英国機による撃墜とも地上からの対空砲火とも言われるが不明。


なお、弟のロタールもエースパイロットである。また配下には厳しく戦術を仕込み、部隊からは多数のエースを輩出している。

*1:敵国である英軍も彼には敬意を持って接し、戦死時には手厚く葬られた。またドイツ犬猿の仲たるフランスでさえ敬愛されている。当時、地上戦は凄絶な塹壕戦が繰り広げられており、また世界初の化学兵器や戦車の投入など酸鼻を極める状況にあったため、ある種のプロパガンダとして「美談」化されたという説もある

*2第二次世界大戦では100機を越えるスコアの持ち主が複数おり、この数字自体は未踏の記録というわけではない。しかし同じくドイツエースパイロットで航空戦術にもその名を残すマックス・インメルマンでさえ15〜17(諸説あり)機程度に留まっていることから、このスコアの真価が窺えよう