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Luigi Del Neri

イタリアの元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィルダー

1950年8月23日生まれ。

選手歴

1967-1968
ASDアクイレイヤ
1968-1972
SPAL1907
1972-1974
USフォッジア
1974-1975
ノヴァーラ・カルチョ
1975-1978
USフォッジア
1978-1980
ウディネーゼ・カルチョ
1980-1981
UCサンプドリア
1981-1982
ヴィチェンツァ・カルチョ
1982-1983
ACシエナ
1983-1984
ASDプロ・ゴリッツァ
1984-1985
USDオピテリジーナ

監督歴

1985-1986
USDオピテリジーナ
1986-1989
ASDプロ・ゴリッツァ
1989-1990
ASパルティニカウダーチェ
1990-1991
テーラモ
1991-1992
ラヴェンナ・カルチョ
1992-1994
ノヴァーラ・カルチョ
1994-1996
AGノチェリーナ
1996-1998
テルナーナ・カルチョ
1998
エンポリFC
1998-1999
テルナーナ・カルチョ
2000-2004
ACキエーヴォ・ヴェローナ
2004
FCポルト
2004-2005
ASローマ
2005-2006
USチッタ・ディ・パレルモ
2006-2007
ACキエーヴォ・ヴェローナ
2007-2009
アタランタBC
2009-2010
UCサンプドリア
2010-2011
ユヴェントスFC

経歴

現役時代はMFとして、ウディネーゼサンプドリアでプレー。監督としては、1989−90年にディレッタンティのパルティニコからスタートし、1990−98年までセリエCで指揮。ラヴェンナ、ノチェリーナをC2からC1へ、テルナーナをC2からC1、Bへと昇格させ、“昇格のスペシャリスト”と呼ばれる。

2000-01シーズンにはキエーボを、セリエBからセリエAへと1年で昇格させる。セリエA初の采配となった2001-02シーズン、“ミラクルキエーボ”と称されるほどの大旋風を巻き起こし、シーズン総合5位と大躍進。その後も戦力的に劣るチームをセリエA残留に成功させ続ける。

2004年にFCポルトの監督に就任したが、シーズン開幕を待たずに個人的な理由(理由は明らかにされていない)で退団。

その後はルディ・フェラー辞任に伴ってASローマ監督に就任し、再びカルチョの舞台へと舞い戻る。初のビッグクラブにて彼の新たなる挑戦が始まるが、大所帯特有の喧騒に巻き込まれシーズン途中で解任の憂き目に合う。

監督としての特徴

自ら「私の美学」とまで表現した、ディフェンスラインを高く維持して中盤が横一線に並ぶ4-4-2システムを好んで使う。連携とコミュニケーションを重視し、完成までに時間を要するといわれているが、一度はまるとキエーボ時代のような威力を発揮する。


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