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ローデシア共和国

読書

ローデシア共和国

ろーでしあきょうわこく

(Republic of Rhodesia1970年1979年) 

1965年に「ローデシア」として独立した後の共和政

周辺諸国が独立するのを見越してイギリスは黒人を含めた参政権を保障する形での独立を南ローデシアにも求めたが、白人政権はこれを拒否。1965年11月11日に一方的に独立を宣言した。国際連合はこれを非難し1966年に部分的経済制裁を、1968年には全面経済制裁を実行したが、同じアパルトヘイト政策を取っていた南アフリカ共和国ポルトガル領だったモザンビークから物資が輸出されたり、基幹産業を白人の地元資本が担うようになったり殆ど効果が無かった(むしろローデシア経由で銅鉱石を輸出していたザンビアが打撃を受け、タンザン鉄道への建設へとつながっていく)。

また、白人支配体制を強化するため、非人種主義的性格や多数支配の原則が盛り込まれた、1961年憲法および1965年憲法を改正すべく、1969年憲法が起草され、国民投票により有権者の73%が新憲法を支持した。その後、議会により憲法改正が議決され、1970年3月2日、ローデシア共和制に移行した。

1980年ジンバブエ共和国として正式に独立した。