ヴァシュティ・バニヤン

一般

ヴァシュティ・バニヤン

ばしゅてぃばにやん

経歴

60年代半ばに当時ローリング・ストーンズのマネージャーだったアンドリュー・ローグ・オールダムに見出され、65年にジャガー/リチャーズによる「Some Things Just Stick In Your Mind」でデビュー。「新たなマリアンヌ・フェイスフル」と絶賛され、更に数枚のシングルをリリースするが、ファースト・ネームの“Vashiti”しかクレジットされなかったことでオールダムとの関係が悪化して別れる。改めてヴァシュティ・バニヤン名義でフィリップスレーベルと契約。70年に初のフル・アルバムである『ジャスト・アナザー・ダイアモンド・デイ(紙ジャケット仕様)』をリリース。プロデューサーにジョン・ボイドを迎えたこの作品は、ブリティッシュ・フォークの代表的な名盤となった。しかし発売当時はプレス枚数が少なかったこともあってあまり売れることはなく、以後ヴァシュティは音楽シーンから長く姿を消すことになる。


彼女が音楽から退いている間に、唯一残したアルバムは“幻の名盤”として高い評価を得て、オリジナルLPには高値がつくようになっていた。そんな中、90年代後半にシンガー希望の娘の曲作りを手伝うことで少しずつ音楽活動再開の意欲が出てきたヴァシュティは、インターネットを通してかつての自分の作品に対する反響が大きいことを知り、アルバムの正式な再発のために動き出す。そうして2000年にようやく『Just Another Diamond Day』がCD化が実現。ようやくベールをぬいだ幻の作品は更に好評をもって迎えられ、若手アーティストからも注目を集めるようになった。


2002年、イギリスピアノ・マジックのアルバムにゲスト・シンガーとして参加することで音楽活動を再開。その後ディヴェンドラ・バンハートやアニマル・コレクティヴとも共演し本格的な作品発表への期待が高まる中、2005年に35年ぶりの2nd『Lookaftering』を発表。ディヴェンドラやジョアンナ・ニューサムといったフリー・フォーク勢やマイス・パレードのリーダー、アダム・ピアス、1stにも参加していたブリティッシュ・フォーク界きってのストリングス・アレンジの達人ロバート・カービーなど新旧のゲスト・ミュージシャンのサポートと35年前とほとんど変わらないヴァシュティの歌声によって、伝説の1stに勝るとも劣らない名作となった。


アルバム発表後はライヴ活動も積極的に展開。2007年には待望の初来日を果たし、その素晴らしい歌声を聴かせてくれた。

2007年、『Just Another Diamond Day』以前のシングルやデモなどの初期音源を集めた編集盤『Some Things Just Stick In Your Mind』が発売された。