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阿川泰子

音楽

阿川泰子

あがわやすこ

ジャズヴォーカリスト

女優としても活躍。

プロフィール(公式サイトより)

神奈川県鎌倉市出身。

名古屋、椙山女子学園高校を卒業後、文学座演劇研究所にて演劇を学ぶ。

その後、女優として東宝映画、「華麗なる一族」、「青春の門」などに出演。又、TVドラマ太陽にほえろ」、「ウルトラマン・レオ」などにも出演する。

その女優時代に、ジャズクラリネット奏者故鈴木章治氏を紹介され、ジャズ・ボーカリストの道を歩みはじめる。その後、「鈴木章治とリズム・エース」の専属シンガーとなり、プロ・ボーカリストのキャリアをスタートする。やがて、ソロ・シンガーとして六本木や赤坂のライブ・スポットなどで活躍。

 1978年 ビクターより1stアルバム、「ヤスコ、ラブバード」をリリース。 スウィートでメロウな歌声で一躍脚光を浴び、マスコミから"ネクタイ族のアイドル"、"シュガー・ボイス"などと取り上げられ、華々しいデビューを飾る。

 1980年 コンテンポラリーなサウンドで、古いスタンダード・ソングをリ・アレンジした4thアルバム「ジャーニー」がヒット。

 1981年 ラテンフュージョン・サウンドのオリジナル作品集「サングロウ」は、日本のジャズカテゴリーを超えたエポック・メイキングなセールスを記録する。 又、同時に行われたコンサート・ツアーやパブリシティ活動によりトップ・ボーカリストの地位を不動のものにする。その後、セルジオ・メンデスジョー・サンプル、更に故ニック・デカロやイバン・リンスらをプロデューサーに迎え、次々とコンテンポラリーで意欲的なアルバムをリリース。又、トミー・フラナガン(P)やロン・カーター(B)、ローランド・ハナ(P)、更には自ら結成したビッグ・バンド、"フラミンゴ・ビッグ・バンド"らをバックにレコーディングやステージ活動を続け、そのゴージャスで華麗なステージは定評となる。

 1986年 ロンドンBlue Birdレコードが「L.A.ナイト」をシングル化、ロンドンのダンス・チャート上位にランクされる。同年、ジャズ・ワールド誌主催の第2回「日本ジャズ・ボーカル賞」"大賞"を受賞する。

 1987〜1994年 日本テレビ系のトーク番組、「オシャレ30・30」にレギュラー出演。ゲスト陣とのトークに加え毎週1曲、のべ360曲を披露する。

 1994年 ロンドン東京のクラブシーンで旧作「スキンド・レ・レ」や「L.A.ナイト」が再び流行。同年9月、日本ではDJによるリ・ミックス・アルバム「カメレオン」が、そしてロンドンではBeechwood Recordより、コンピレーション・アルバムで「L.A.ナイト」などが発売される。

 1996年 ピノ・パラディーノプロデューサーに迎え、ロックのカバー・アルバム「エコーズ」をリリース、又、同タイトルのフォト・エッセイ集も発表。同年、5枚組CD集「ソング・ブック」をリリース。

 1998年 長年の英語歌曲の発音の功績により、日本人歌手としてはじめて、有名私立高校使用の大学受験生用の教材"プログレス・イン・イングリッシュ"(株式会社エデック発行)に「美女と野獣」、「星に願いを」、「ホール・ニュー・ワールド」の3曲が採用される。

 2001年 日本コロムビアへ移籍。新レーベルWi RecordsよりR&Bフレイバー溢れるオリジナル作品集「アザー・ワールド」(3月17日 COCB-31323)を発表する。9月〜11月大人のためのクラブ・イベント「MATURE NIGHT」を月1回開催する。

 2002年 5月〜11月’70〜’80年代のディスコ・シーンを再現する「DISCO PARTY」を月1回開催する。