安原顯

読書

安原顯

やすはらけん

(1939〜2003)
安原顕ヤスケン

東京生まれの自称”スーパーエディター”。”天才編集者”として数々の才能を発掘する一方、日本の出版、編集業界への鋭い批判を展開した。オンライン書店bk1での連載「ヤスケンの編集長日記!」で癌である事を告白、2003年1月20日、肺癌で死去。

編集者として関わった雑誌は『早稲田公論』『パイデイア』『海』『マリ・クレール』『リテレール』ほか。ヤスケンによって見いだされた書き手には、蓮実重彦鷲田清一富岡多恵子中条省平飯島洋一などビッグネーム多数。

毀誉褒貶の激しい物言いが多く、好悪の別を評するのに激しい編集者であった。また雑誌en-Taxi創刊号に坪内祐三が、文藝春秋2006年4月号に村上春樹が、亡くなる前年の安原が村上春樹の自筆原稿を無断で古書店に売り渡していたという疑惑が公表され、そのことが安原を愛した多くの人々を困惑させた。

※画像は、安原の亡くなる年に村松友視の描いた年賀状――「私は、中央公論社にいる頃からずっと、ヤスケン年賀状の係みたいになっていた。そのときのニュースや話題の中に、ヤスケンの似顔絵を描き込むスタイルだった。ヤスケンは、あるときはフセイン、あるときは小錦になったりしたが、大体において怒っている顔が多かった。私は、その年賀状の締切が、そろそろきていることは自覚していた。だが、今年のこの状態でヤスケン年賀状を出す気でいるかどうか、私には計り知れなかったので、案は浮かんだものの、描かずにいたのだった。/だが、ヤスケンの「ありがとう」という言葉を聞いた瞬間、なぜか今年も描こうと決めていた。そして私は、真っ赤な太陽を背にして羊にまたがり、拳銃をぶっ放しながら、にっこり笑っているヤスケンの絵を描いた。その上に書いたメッセージは、「帰ってきたガンマン!」だった。似顔絵を描いている最中、ヤスケンの「ありがとう」と言った平べったい声が、何度も耳の奥にこだました」(村松友視ヤスケンの海』)