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井筒和幸

映画

井筒和幸

いづつかずゆき

映画監督。辛口コメンテーターとしても知られる。

1952年昭和27年)、奈良県出身。県立奈良高校在学中から8ミリや16ミリの映画を撮り始め、1975年昭和50年)、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立、映画界入り、ピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」で監督デビュー。1981年(昭和56年)には一般映画「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。1996年(平成8年)には「岸和田少年愚連隊」でブルーリボン最優秀作品賞などに輝いた。

近年は独自の批評精神を買われ、様々な分野での「ご意見番」として著名な存在。レギュラー出演しているテレビ朝日金曜日深夜の番組「虎の門」の「こちトラ自腹じゃ」コーナーでは話題の映画を自腹で鑑賞、鋭く評論している。

妻の姪にモデルの細野恵梨子がいる。

2004年、テレビ朝日スーパーモーニング』番組内で、故いかりや長介(井筒氏はかねてからいかりやの役者としての資質を酷評していた)の訃報についてコメントを求められた際、「ドリフとか役者のいかりやさんとか言いますけど、 私は、てなもんや三度笠で育ったもんですからよくわからないですね。役者としても全くわからないんで別に悲しくもないですけどね」 と言い放った。多数の顰蹙も買ったが、「よくぞ言った」と快哉を叫ぶものもいた。


上記の削除している事項についての、正しいと思われる内容。(WIKIPEIDIAの「ノート」からの引用)

いかりや長介がいつ渋い演技したんですか。 枯れ果てて70歳くらいになれば誰だってあんな演技しますよ。 生き永らえたのと演技は違うでしょって。分かってないんだよなー、マスコミも」

上記の発言はテレビで言い放ったものでありません。2003年8月15日の読売オンライン(報知)の『ライバル映画バッサリ 井筒監督インタビュー「『踊る大捜査線』何じゃありゃ」』に掲載されたインタビュー文からの抜粋であって、インターネットでこの発言が飛び火していく内にテレビでの発言とごっちゃになって「テレビで発言された」事になってる模様です。


いかりや長介さんが死去なさったのは2004年3月20日で、このインタビュー時にはまだご存命です。

2004年3月23日テレ朝系『スーパーモーニング』で、「僕らはでもね、あの、もう、全員集合の世代でももう無いしね、もう大人になりかけてたから、僕らは「てなもんや三度笠」の世代だから、うん、だからそれ以上分からないですね。」(放送を録画したものが残っていたので、井筒監督のコメント部分を書き出し)

別に、スタジオが凍りついたりはしてはいませんでしたよ。

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