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永射保

スポーツ

永射保

ながいたもつ

1970〜1980年代のプロ野球選手。通称「左殺し」。

左投左打、ポジションは投手背番号は20→31→13→31番。

1953年10月3日、生まれ。鹿児島県出身

1972年指宿市立指宿商業高等学校からドラフト3位で広島東洋カープに入団。

1974年、乗替寿好との交換トレードで太平洋クラブライオンズに移籍。
リリーフ投手として一軍に定着し活躍。ワンポイント投手の走りとして、左打者に対し得意としていた。

1979年より、3年連続でパ・リーグ最多登板を記録。

1980年代の西武ライオンズ黄金時代に大きく貢献。
日本シリーズにも4度出場し、1982、1983、1986年と3度の日本一に貢献。
サイドハンド(スリークォーター)の元祖として、印象に残る。

また、蘭の栽培を趣味としていた。

1987年広瀬新太郎との2対1の交換トレードで、片平晋作と共に横浜大洋ホエールズに移籍。

1989年、無償トレードで福岡ダイエーホークスに移籍。ホークスでもワンポイント投手として活躍。歴代3位となる566試合のリリーフ登板を記録した。

1990年、現役引退。

1991年、スカウトに就任。

1993年、退団。

久留米市内で飲食店を経営。マスターズリーグ福岡ドンタクズの選手としても活躍していた。

2017年6月24日、死去。