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押切伸一

一般

押切伸一

おしきりしんいち

ライター、放送作家コラムニスト町山広美は妻。

ア・コンタ有限会社(1994設立取締役

(a conta はポルトガル語で「お勘定」)

1961年山形県生まれ。

大学在学中にライター事務所に所属。上司はえのきどいちろうイタバシマサヒロ杉森昌武の三氏。同僚は、編集プロダクション都恋堂代表大場勝一氏、所属アーティストは故ナンシー関氏だった。

当時講談社ホットドッグプレスの新人編集者だった、いとうせいこう氏との仕事が多く、そのひとつが『業界くん物語』(講談社:1986)となって刊行される。

 この年、ビートたけし氏&たけし軍団によるフライデー編集部事件が起きたが、血相を変えた軍団に「フライデーはどこですか?」と聞かれ、「あちらですよ」と在処を教えたのはHDPを出た私と某誌編集長だった。翌朝ニュースを観て驚いた。

 いろいろとあった後、1990年=平成2年にはじめて単独で『ブナンな人とよばれたい』(角川書店)というコラム集を出す。と、ここまで書いてはやくも疲れてきた。『ブナン…』からすべて絶版だからなあ……。

 この頃から、少しずつテレビの仕事も手がけるようになる。そして、格闘技観戦がレギュラー化する。以前からボクシング、プロレスなどは見に行っていたが、より幅広いジャンルを観るようになった。K−1グランプリがスタートする1993年に、HDP誌上で一般誌としては初めて格闘技特集を企画し、構成する。それが現在まで続く、格闘技情報番組『SRS』(構成)へとつながったようだ。

 また、病気がちだったこともあり、身体の動き全般に興味を持つようになり、「早すぎた健康オタク」と陰口をたたかれながら、『からだの気持ち』(マガジンハウス:1993)を刊行する。これは『エル・ジャポン』誌上での連載をまとめたものだが、その取材でお会いした武道家・故伊藤昇先生の技と理論と観察眼に感銘を受け、伊藤先生主宰の『飛龍会』に入門する。 ダンスについていろいろと教えてもらっていた桜井圭介氏と共に伊藤先生の2冊目の著作『スーパーボディを読む』(マガジンハウス:1998)を構成する。

そして、伊藤先生の道場でご紹介いたたいてから6年、武道家・日野晃先生と、共著した本 『ウィエリアム・フォーサイス武道家・日野晃に出会う』(白水社)が八月初旬に発売される。