横浜松坂屋

一般

横浜松坂屋

よこはままつざかや

横浜伊勢佐木町の中核として親しまれてきた百貨店で実質、松坂屋子会社

2008年10月26日144年の歴史に幕を下ろした。人気フォークデュオゆず」の発祥地としても知られる。

2002年の伊勢佐木町の年間売り上げ333億円のうち、横浜松坂屋は130億円を占めた。

2008年7月24日から10月26日までの閉店セールの累計は107万人。

ゆずのモニュメントと巨大壁画

店の前でフォークデュオゆず」が路上ライブをしていたことでも有名で、横浜松坂屋には2003年8月にサイン入りモニュメント、2004年12月に完成した縦約3メートル、横約10メートルの2人の巨大壁画があった。

これを2人の出身地の岡村天満宮?横浜市磯子区)に移築されることが2008年10月16日、正式決定している。

沿革

1864年、横浜市中区弁天通4丁目で「野澤屋呉服店」創業。

1896年名古屋滝定助次男泰次郎(茂木惣兵衛の養子:3代目茂木惣兵衛)が、合名会社茂木商店と同時に茂木銀行(後の七十四銀行)を設立

1910年伊勢佐木町1丁目にデパートメントストアとして支店を開設。

1919年11月、世界恐慌の影響で「野澤屋呉服店」と「七十四銀行」を整理せざるを得なくなる。

亀井株式会社初代社長で横浜資産家亀井信次郎が名古屋資産家滝定合名会社社長滝定助(3代目茂木惣兵衛の兄、4代目茂木惣兵衛の伯父)に野澤屋呉服店の営業続行を願い出て滝定助は90万円を支出し野澤屋呉服店の土地建物一切を買収することを決め、呉服店は独立して営業を続行。

1921年、野澤屋呉服店を株式会社化*3 *4

1923年9月1日、関東大震災のため、鉄筋コンクリート4階建の新館は倒壊を免れたが、木造の旧館は全滅。

1923年12月1日、木造平家建258.75坪を売場とし、他に仕入場・店員食堂他113.45坪で開店。

1926年5月20日、鉄筋コンクリート5階建の新館786坪と旧館464坪合計1,250坪の建坪と従業員498人(男325人、女173人)で開店。

1928年8月20日、社名を株式会社野澤屋と改称。*5 *6

1960年資本金を6億円に増資。株式東京証券取引所店頭へ上場。10月2日株式東京証券取引所第一部に上場

1966年9月1日資本金を10億円に増資。

1968年4月1日、相互の業務発展を図るため、松坂屋と共同配送が開始された。

1970年12月1日、磯子洋光台店が開店。

1973年11月2日に野庭店が開店。

1974年3月1日、社名を「野澤屋」から「ノザワ松坂屋」に改称。松屋横浜店閉鎖撤退によりこれを買収して西館とする*7

1977年3月1日、社名を『横浜松坂屋』と変更。

1989年から1990年リニューアルグランドオープン。

1998年10月、横浜ベイスターズが38年ぶりのセントラルリーグ優勝と日本シリーズ制覇を果たし、地元百貨店として2度にわたる『横浜ベイスターズ優勝セール』を開催し、創業以来最高値の1日当り売上・入場客数を記録。

2001年、創立80周年

2003年2月25日、東京証券取引所第一部上場廃止

2008年6月、閉店を公表。

2008年10月26日、閉店時間午後7時を7時半まで遅らせた。

2009年6月2日、旧店舖一階の玄関付近フロアを利用し、「伊勢佐木町観光案内デスク」オープン。同年9月27日まで、期間限定で公開予定。

創業者

初代・茂木惣兵衛(群馬県高崎市1827年生まれ)

*1http://www.city.yokohama.jp/me/toshi/design/m09/building/matsuzakaya.html

*2http://www.city.yokohama.jp/me/toshi/design/m09/building/matsuzakaya_nishi.html

*31921年7月31日創立総会を開き資本金100万円(4分の1払込)の株式会社に改組し、商号を株式会社野澤屋呉服店と改め初代社長に滝定助が就任した。この時の発起人7名の中に名古屋の滝家とは親しい関係にあった現在の松坂屋、当時の株式会社いとう呉服店専務取締役鬼頭幸七の名前がある。

*4:当初の主な株主は、10,000株愛知県滝定助、2,500株愛知県伊藤産業合名会社代表社員伊藤守松(15代伊藤次郎左衛門祐民)、1,500株愛知県滝信四郎、500株鬼頭幸七など16名である。

*5松坂屋も大正14年(1925)5月1日にはいとう呉服店から株式会社松坂屋に改称した。

*6:この年横浜駅桜木町と店との間に顧客を送迎するためバスを運行することになり、10月には業界で最初にバスの運転を始めた松坂屋銀座店に準備のため車掌要員を出張させ同乗指導を受けている。

*7:同年、松坂屋昭和46年(1971)秋以来東洋郵船社長横井秀樹が買い集めた野澤屋株式を肩代りして持株比率36.3%になっている。