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加藤嘉明

一般

加藤嘉明

かとうよしあき

豊臣秀吉子飼いの武将。賤ヶ岳の七本槍のひとり。

豊臣水軍の指揮官として活躍。着実に加増を重ね、慶長三年(1598年)には伊予松前城主として10万石を知行。

関ヶ原の戦いでは東軍に属して石田三成隊を攻撃。戦後の論功行賞によって20万石へと加増を受けている。

慶長八年(1603)、新たに築いた伊予松山城に移り住み、その後も工事は続けられましたが、いちおうの完成をみた寛永四年(1627)に会津若松40万石へと転封となりました。