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河野一郎

社会

河野一郎

こうのいちろう

いわゆる「党人政治家」。農林大臣(第1・2・3次鳩山内閣)、経済企画庁長官(第1次岸内閣)、建設大臣(第3次池田内閣)などを歴任。

1898年明治31年)神奈川県に生まれる。1965年昭和40年)7月8日、歿。享年67。

早稲田大学卒業後、朝日新聞社に入社。

昭和7年、神奈川三区から出馬初当選(当選後は立憲政友会に所属)。

昭和17年、鳩山一郎三木武吉らと同様に、翼賛選挙を非推薦で当選。

戦後は日本自由党を結党するも、公職追放、党除名の憂き目に遭う(のち解除)。その後、分党するが三派合同から成る日本民主党を結党し、鳩山内閣樹立に貢献した(日ソ共同宣言成立の立役者ともなる)。

政治家河野洋平はその次男である。