角田義一

社会

角田義一

つのだぎいち

1937年6月9日 - )

日本の政治家、弁護士。元参議院議員(3期)。

来歴

第13回参議院議員通常選挙群馬県選挙区から日本社会党公認で立候補するも落選。1984年には群馬県知事選挙日本社会党推薦・無所属で立候補するも落選。更に1986年、第14回参議院議員通常選挙日本社会党公認で再び立候補するも落選。1989年、第15回参議院議員通常選挙に三たび立候補し初当選参議院予算委員会理事議院運営委員会理事、党総務局長などを歴任した。1994年村山富市内閣法務政務次官を務めた。1995年、第17回参議院議員通常選挙日本社会党公認で立候補し再選。社会民主党を経て、1998年、民主党結党に参加し、民主党群馬県連会長となる。2000年には参議院民主党・新緑風会幹事長に就任。2001年には第19回参議院議員通常選挙民主党公認で立候補し3選、民主党参議院議員会長となった。2004年、参議院副議長に就任した。

献金疑惑と副議長辞任

2007年1月、2001年の第19回参議院議員通常選挙の際、角田選挙対策本部は個人・企業・団体からの献金の一部を政治資金収支報告書に記載していなかったとの疑惑が報じられた。角田選挙対策本部が作ったとされる会計帳簿が流出、同帳簿には個人や企業・団体から「陣中見舞い」等の名目で総額2517万円の入金があったと記されていた。しかし角田政治団体や当時角田が会長をつとめていた民主党群馬県連の政治資金収支報告書等にはこの入金が記載されていなかったため、角田に対する闇献金があったのではないかとの疑惑が浮上した。更に朝鮮総連系の団体から50万円の入金があったとの記載もあり、政治資金規正法によって禁止されている外国人からの献金を受けていた疑いも持たれるに至ったが、当時の角田事務所の会計責任者は「会計帳簿が見当たらない。事実関係を確認するすべがない」と述べ、角田本人も「私は金の出入りは知らない」と説明、不正献金疑惑に対して肯定も否定もしないという釈然としない対応に終始した。流出した帳簿の真偽についても言を左右にし、紛失した本物なのか偽物なのか調査もしないという不可解な態度をとる一方で、疑惑を放置したまま参議院副議長の職に留まる意向を示したため、与野党から批判を浴びるに至った。結局角田は疑惑については釈明せぬまま、「参議院副議長の職に留まることは国会全体の運営に影響する」との理由から参議院副議長を辞任した。角田の副議長辞任後は疑惑そのものも事実がはっきりせぬまま終わった。