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楽毅

一般

楽毅

がくき

中国戦国時代の武将である。中山出身(生没年不明)。昌国君、または望諸君と呼ばれる。父は楽羊、子は楽間。

燕の昭王を援け当時仇敵であった大国斉を後一歩の所まで追いつめるも、悲願半ばで昭王が崩御し代わった恵王との不仲を斉の謀臣田単により利用され謀反の罪(冤罪)を着せられたため昭王の名誉のため趙に亡命する。後に斉に滅亡寸前に追い込まれた恵王は楽毅に皮肉を込めた書面を送ったが誠心誠意尽くしたかった旨の返書をし、多くの人に同情され、またこのことから恵王により恩赦となり趙と燕の両国から厚遇されることとなる。

漢蜀の諸葛亮孔明楽毅を手本とした事で有名。

また、「孫子兵法」に精通していたりする。