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関銀屏

(読書)
かんぎんぺい

中国・三国時代の人物。関羽の三女。
正史では曹操が魏王を名乗った頃、同盟強化のため孫権の息子(後述の民間伝承では孫登ではないかとされる)との縁談が持ち上がったものの、これを関羽が断ったため蜀と呉の関係が悪化したと見えるだけで、名前も不明。『三国志演義』でも同じ扱いである。
雲南省の民間伝承によると、その後、荊州を脱出した後に武芸を学び、諸葛亮の南征に同行、鎮圧後にここにとどまり、李蔚(李恢の息子。名は李遺とも)と結婚して余生を過ごしたという。彼女夫婦の墓とされるものが現存する。

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