岩手県盛岡市の西北部の地名のひとつ。通称「青山町」とも呼ばれる。
青山の商店街は、第二次大戦の終戦後、軍施設跡地とその周辺に栄えた。海外からの引揚者も多く住んだ。
練兵場の入り口にあった門が、同工場の敷地に保存されている。
青山の代表的な公共施設のひとつ。1970年の国民体育大会(みちのく国体)での使用のために造られた。
覆練兵場(おおいれんぺいじょう) の建物が現存する。
盛岡タイムス Web News(http://www.morioka-times.com/news/2006/0607/09/06070908.htm)によると、
全国的にも貴重な残存施設で、北海道旭川市に旧陸軍第7師団覆馬場1棟が残っているが、青山にはまとまって複数残り、希少さを高めている。活用、保存修復の計画はまだ決まっておらず、歴史の証人は補修を待っている。保存活用には名前も重要。覆練兵場や被覆練兵場と呼ばれてきたが、造られた目的や他の施設を考えれば正式名称は旧陸軍第3旅団第24連隊覆馬場とするのが本来で、日常は通称で青山の覆馬場などと親しみを込めて呼んではどうか。(井上忠晴記者)
森永乳業 盛岡工場の向かいに、2006年3月、IGRいわて銀河鉄道いわて銀河鉄道線、青山駅が開業した。