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岩瀬忠震

一般

岩瀬忠震

いわせただなり

幕末期の幕臣政治家(1818-1861.07.11).

父は設楽貞丈(しがらさだとも),岩瀬家の養子.肥後守

老中阿部正弘に抜擢され,1854(安政元)年に目付となる.その後海防掛などを兼務し,台場築造・大筒大船製造・軍制改革にあたる.

56(安政3)年にハリスが来日すると,交渉全権となる.58年に老中堀田正睦と上京したが,条約勅許を得られないままに,日米修好通商条約を締結.新設の外国奉行となり,蘭・露・英・仏各国といわゆる安政の五カ国条約を締結する際の全権となった.一橋派であったため,同年作事奉行に左遷され,翌59年に差控となる.

小栗忠順・水野忠徳とともに「幕末三傑」もしくは「幕末三俊」と称された.