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亀田史郎

スポーツ

亀田史郎

かめだしろう

協栄ジム所属トレーナー。


1965年5月22日、兵庫姫路市生まれ、

2歳で両親とともに大阪市西成区に引っ越す。

幼少のころから進進ジム(現新日本大阪ジム)に通い、中学卒業後に入門。

解体業との両立を果たせず、プロテスト未受験のままリングから離れた。

20歳で結婚、3男1女を設ける。3年前に離婚。

2006年9月27日に行われた亀田大毅の試合の際に起きた乱闘騒ぎについて、「乱闘の当事者とみなすことはできないが、加担したと誤解される行為があったのは事実。セコンドライセンスを持つ人間として適切な行動をとってもらいたい」とJBCから厳重注意を受ける。

2007年3月24日に行われた亀田興毅の試合の際にレフェリーを務めた浦谷信彰に対して暴言を吐き、試合役員会はこれに激怒。同年4月16日に史郎は謝罪文をJBC役員会に提出。JBCは史郎と金平会長に対し「言動注意」を文書で通達。さらに「今度問題を起こした場合、今後史郎氏が関わる試合全てに役員を一切派遣しない」事を通告。

2007年10月11日に行われた亀田大毅の試合の際に起きた反則指示の言動で、東日本ボクシング協会「無期限のライセンス停止以上の処分」を日本ボクシングコミッション(JBC)に要請。

同日、JBC倫理委員会を開き、セコンドライセンス無期停止の処分を決めた。

亀田三兄弟の父親であり、トレーナー役も担う。

「三兄弟全員を世界チャンピオンにさせる」と公言している。


亀田史郎語録

  • パフォーマンスについて問われ「あれは性格上だから。このスタイルを崩すつもりはない。青春時代なんだからいいじゃないか。悪いこととしても、世間の迷惑をかけなきゃいいじゃないか」
  • やくみつるに、サングラスにごついネックレス、胸をはだけたシャツ姿で「これでカメをしばっとき」と、凧糸を手渡され「オレは話し合いにきたんや!!ケンカやったらいつでもやるで!!オモテ(スタジオの外)でるか?殺すぞ!」と腰を浮かす。