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犠牲の累進性

一般

犠牲の累進性

ぎせいのるいしんせい

雨宮処凛「生きさせろ! 難民化する若者たち」から

「あと、『犠牲の累進性』ということがあります。『ネオリベ現代生活批判序説』(新評論)の編者のひとり、白石嘉治さんが最近問題にされています。たとえばこういうことです。『おまえの置かれた状況などは、ほかのもっと貧しい人や大変な人に比べたら何でもない。たとえば第三世界を見てみろ。日本は先進国で豊かだ』みたいないい方ですね。こういう物言いによって問題から目をそらせ、現在その人が置かれている困難を呑ませようとする、そういうやり口や雰囲気を『犠牲の累進性』と呼ぼうじゃないかと。もっとほかに大変な人はいるだろうけど、実際その人の生活はキツイんだから、そのひどさに関して率直に訴えたって全然いいはずでしょう。でも、そうやって現状の問題点を覆い隠していってしまう。ネオリベのやり口というのは、この『犠牲の累進性』を最大限活用しているんじゃないかということですね。正社員長時間労働よりも非正規の低賃金が、非正規の悲惨な労働よりもホームレスの苛酷な生活環境のほうが、日本のホームレスよりも第三世界のスラムの貧民のほうが……というかたちでひたすら我慢を強いる。そうやって追い込まれたり、自分を追い込んだりする。でも日本だろうがアメリカだろうが、餓死したり、死ぬほど働かされて賃金もらえなかったり、奴隷のように扱われたりしていれば、それで死んじゃったりすれば、そこはもう『第三世界』と同じなわけでしょ。なんでもそうなんですが、そのようにいうことで得するのは誰か、それを強調するのは誰なのか、そのようにいう動機は何にもとづいているのか、ということを認識すべきですよね」