吉田修司

スポーツ

吉田修司

よしだしゅうじ

プロ野球選手。

左投左打、ポジションは投手背番号は19→49→13番。

1966年11月29日生まれ。愛知県出身

滝高校から北海道拓殖銀行時代の1988年、ソウルオリンピックに出場。

1989年、ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団、当時は先発左腕が不足している球団事情があったため、そこそこ出場機会はあったものの、1992年以降は出場機会に恵まれなかった。

1994年5月、岸川勝也との交換トレードで福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に移籍。移籍当初は目立たなかったが、1997年〜2003年の7年間は、年平均50試合を超える登板をこなし、左の中継ぎとして大車輪の活躍をし、1999年、2000年のパ・リーグ優勝、連覇に貢献。精神的な柱としてホークス投手陣を支えてきた。

2004年〜2005年に掛けては故障のため一軍登板なし、2006年はわずか8試合のみの登板に終わり、自由契約となるものの、2007年、オリックス・バファローズに移籍。

投手陣が手薄であったため、抑え中継ぎを任され、安定した成績を残したものの、年齢面を理由として自由契約となり、同年引退。

北海道拓殖銀行出身の最後の選手であったとともに、入団時はほとんど期待されなかったにも関わらず、息の長い活躍を続けた選手として、記憶にとどめられるべきであろう。