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久保竜彦

スポーツ

久保竜彦

くぼたつひこ

サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワードセンターフォワード)。

1976年6月18日生まれ。朝倉郡筑前町出身。身長181cm、体重73kg。利き足は左足。

経歴・プレースタイル

日本人ばなれした身体能力と、古き日本人の寡黙さ・朴訥さとのギャップが魅力の異能のストライカー。1995年、サンフレッチェ広島に加入。ルーキーイヤーのガンバ大阪戦で、GK本並健治の伸ばした手の「上から」ヘディングシュートを放つなど、当時からその潜在能力は高く評価されていた。

圧倒的なジャンプ力、速さ、柔らかさ、左足の豪快なキック、意表をついたプレー選択、と美点は枚挙にいとまがない。惜しむらくは日により、また時期により調子に波がある。期待が大きいため、常に「秘密兵器」「眠れる竜」「覚醒が待たれる」等の表現で語られていた。2003年、J2に降格したサンフレッチェ広島から移籍金2億7千万円で横浜F・マリノスに移籍、その得点能力がついに開花してリーグ戦25試合出場で16得点を挙げ、Jリーグ年間優勝に貢献した。

サッカー日本代表には1998年に初選出。ジーコ監督からも期待されていたが、2006年FIFAワールドカップの代表メンバーには選出されなかった。日本代表通算国際Aマッチ32試合出場、11得点。

一方で、シャイで朴訥な性格の久保は、インタビュアー泣かせであることも知られる。デビュー当時はヒーローインタビューでお立ち台に立っても「アー」「ウー」「良かったです」しか喋らなかった。また広島在籍時代にはラジオ番組の取材中、車の質問をされた途端急に声を荒げるなど、ツボが分からず苦労させられた記者は数多い。

2004年以降は、怪我などもあり出場機会が減少。2007年に横浜FCに移籍したが、1年で戦力外通告を受ける。2008年には古巣のサンフレッチェ広島に復帰。2009年オフに再び戦力外通告を受けたが、現役続行を希望し、日本フットボールリーグJFL)のツエーゲン金沢に移籍した。

2011年シーズン終了後に金沢を退団。現役続行を模索したが移籍先が見つからず、2012年4月、現役引退を表明した。同年、特定非営利法人廿日市スポーツクラブのコーチ兼アンバサダーに就任した。

2013年3月、NPO法人廿日市スポーツクラブが運営し、広島県社会人サッカーリーグ1部に所属する廿日市FCに入団、現役復帰した。サンフレッチェ広島の同僚だった桑原裕義大木勉も入団し、Jリーグ ディビジョン3参入を目指すとしている。